2007年06月22日

ホテルパシフィック

6月になると聴かずにはおれない曲があります。

君が差しかける傘の中で
雨の輪が揺れるプールを見ていた
6月と言えば夏を待てず
みんなしてはしゃいだね

遠い日は蒼い馬さ
巡るようにかけてくる
久しぶり肩寄せ歩けば
ああ、ここは少しも変らない


私がいつも、”情景を描写する歌詞”の筆頭に揚げる
ブレッドアンドバターの「Hotel Pacific」という曲です。

茅ヶ崎出身の大御所
サザンオールスターズの「チャコの〜」においても取り上げられ、
後に彼らのシングルとしてタイトルにもなった、有名なパシフィックホテルですが、ラチエン通りのドンつきに実在しました。
昨日このホテルに関しWeb上を巡っていて、素敵なサイトを発見しました。
The Eye Forget

生憎私の年齢ではその廃墟にしか触れる機会はなかったのですが、
”イメージを呼び起こす情景を描写する”達人、呉田軽穂さんにより、
そこに生きた人々のみならず、私の昔日の思いまでも想起させるものです。
(サザンの曲の詩は、私としては、「柳島に現在あるHotel Pacificなるラブホ」をイメージさせるもので、・・・???という感じです。)
タグ:茅ヶ崎 写真
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2006年02月27日

メジロに癒された日々

帰り際、
庭園の入り口あたりを撮影していると、
ひときわ高さを持った木の枝では
鶯色の物体が花から花へと飛び回っていました。

先日コメントを寄せてくださったみーさんの言葉
「安静・療養」という語に妙な符合を感じました。
私も5年前のこの時期、
ベッドに臥せっていることを余儀なくされた身でありました。

今まで、この庭園に足を踏み入れることはあっても
なぜか遊歩道をたどり美術館まで上ってゆくことはありませんでした。
今日何故、八木重吉の碑を見ることになったのか。
そう思ったとき、頭の中で何かがカチリと音を立て、スイッチはつながりました。
鳥のこと、春のこと、病のこと。
輪は閉じ、捉えがたい”思い”は、言葉で語れるようになりました。

5年前。海辺の高台にある療養所に永く滞在していました。
食事時供されるものの中から、老人たちが食べ残す膨大な物のうち、フルーツやらパンやらを失敬して、窓際の植え込み下に配置するのが日課でした。
スズメやヒヨドリはすぐにやってきて饗宴を繰り広げていました。

南側に向いた病室の窓のすぐ脇には、東西に長く横たわるシャリンバイの植え込みがあり、
春も近づくころになると、その骨ばった枝をわたり、辺りを覗うように、なんともかわいいやつがやってくるようになりました。

初めは近くの梅の花の蜜を吸いにやってきていたのでしょうが、そのうちオレンジなどのフルーツ類を配した時には窓際にもやってくるようになりました。

「メジロ」という鳥は、こちらが本気で捕らえようとすればそれも不可能でないと思わせるくらい近くまでやってきて、人を恐れない大胆さ・無防備さがあります。
「目白押し」といわれるように互いにぴったりと寄り添い、狭い枝にとまっている様、
しばしば鶯と混同されるように、美しくかわいらしい声。
見ているだけで、ほんのりとした気持ちが湧き上がってきます。
それは初春の陽だまりにこそ似つかわしい光景に思えます。

安静を強いられ、摂取カロリーを制限され、うまいものを食うなど望むべきもない。
ベッドに寝転び本を読むか、あるいは談話室でテレビを見るか、
それくらいしかすることのない日々。
昨日と今日、今日と明日に何の違いもない、きわめて平板な日常。
それは労役を伴わない、懲役のようなものです。
そんな中、この小鳥の訪問は、心踊り、癒されるものでした。

私にとって「メジロ」という鳥は特別な存在です。
それは今でも
あの海辺の高台で過ごした日々の記憶に直結しています。
私の中で何故に特別に鳥たちに思いが移るのか
そのわけがわかりました。

今まで極力その記憶を消そうとしていた日々でしたが、
5年という節目のような年月を経て、ようやく著すことのできる状況になりました。
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2006年02月26日

茅ヶ崎・高砂緑地公園

先日書いた記事の中で、「茅ヶ崎高砂緑地にある公園」の車止め上の鳥たちにも衣装が施されていたと記したのですが、記憶の中であいまいなところもあったので、
ちょっとした茅ヶ崎めぐりをしてきました。

私、車止め上の鳥たちの衣服に関し細かな分析をしたり
その道の大家になろうとする者でもないので、さらりと流しますが
車止めはこんなものです。

tigasaki_tori.jpg

この場所に立っていると、いやが応にも目に入る、素晴らしい色の氾濫があります。
晴天でもあたりを薄暗くするような、立派な黒松が林立する遊歩道を縫うように進むと
奥に茶室があり、そのささやかな庭には立派な枝振りの梅がいくつも配されています。
その日は写真愛好家然とした多くの壮年男子が、銀塩フィルム形式の、その本体とはかなりアンバランスな長すぎるレンズをまとった一眼レフカメラを三脚に立てて構えていました。

ume.JPG chasitu.JPG

緩やかな台地を回廊のような遊歩道が続いています。
先には茅ヶ崎美術館があります。
一角に
八木重吉の詩碑があります。

sihi.JPG

 

虫が鳴いてる
いま ないておかなければ
もう駄目(だめ)だというふうに鳴いてる
しぜんと
涙がさそわれる

碑に刻まれたこの詩以外にも
気に入ったものがありました。

不思議(ふしぎ)

こころが美しくなると
そこいらが
明るく かるげになってくる
どんな不思議がうまれても
おどろかないとおもえてくる
はやく
不思議がうまれればいいなあとおもえてくる


陽遊(かげろう)

さすがにもう春だ
気持も
とりとめの無いくらいゆるんできた
でも彼処(あそこ)にふるえながらたちのぼる
陽遊のような我慢しきれぬおもいもある

私、わが国の現代詩については暗く
この詩人についてはよく知らなかったのですが、
茅ヶ崎・南湖で療養、結核により29歳で夭折
という事実に衝撃を受けました。
帰宅して青空文庫をのぞき、すべての詩句を浴びてみました。
「貧しき信徒」・・・病床にて書き連ねられ、完成を見ないまま
彼は逝ってしまいました。
前作よりも完成度は低いのでしょう。
しかし心からのうたが感じられました。

−つづく−
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2006年02月20日

春を待つ鳥たち

まだまだ寒い日が続きます。
「夜明け前が一番寒いのだ」と云う金言もあります。

金言と云えば、
「月日は百台の価格にして行き買う人もまた旅日となり」
などと・・・思いっきりIME任せに打ち込んでみましたが、
そういう問題ではなく、
来るべき春についてのことです。

「独楽は倒れる瞬間、最も大きく揺れる」
それに似たように
季節も終焉を迎える時には大きくその針を振るようです。
一昨日、もう梅も咲こうかと云う時節にもかかわらず
関東首都圏では最後の雪の狂宴がみられました。
私といえば、露出した両頬及び目じりあたりに厳しく切り裂く烈風を浴びながら
江ノ島界隈を流していました。
夕暮れ時、あまりの寒さに人もまばらな州鼻通りを通行中
心癒される光景を目にしました。

オリジナルの車止めはこんなものです。
tori_original.JPG

ステンレスの蝕感が妙に透き通っていて、
肌寒さを感じずにいられないものです。

一方江ノ電江ノ島駅の入り口の車止めはこんな感じです。
心優しき人が鳥達の肌寒さに心を痛め、
織ってくれたものです。
enosima (1).JPG


enosima (1).JPG


シャレとか遊び心も感じますが
なにより、ここに素朴な気持ちの発露−
「木枯らし吹いちゃ冷たかろうて、せっせと編んだだよ〜♪<後略>」
的な割と重い感情の具合−
を感じるのです。
こんなところに「まだこの国も棄てたモンではないな・・・」と感じる要素があります。
(実はこのような趣向は各地でみられるものです。
―私の知るところでは茅ヶ崎高砂緑地の公園入り口、車止めの鳥たちも同じような衣装をまとっていました。)
ただ・・・そいつらはチト出来が悪過ぎるようで、江ノ島のこの鳥達のような、
「母さんの歌」的情緒を醸し出すまでにはなかなか至りませんが・・・。

詳細:江ノ電江ノ島駅入り口に2基の車止めがあります。
この広場に隣接するキオスクに以前勤めていた人が、
施してくれた、心温まる世界です。
鳥達の衣装は何パターンもあるようで、後日訪れた際には別のものに代わっていました。。
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2005年04月28日

祝福された季節

晴天に恵まれました。
しかし南西の風はかなり強く、のんびりとしたのどかなという感じではありません。
このところ”晴れると、吹く”というのが決まりごとようになってしまって、
自転車で出かけるには少々辛いものがあります。

ちょっとした野暮用があり、茅ヶ崎から湘南台にかけて出かけてきました。
久しぶりに筋トレにも行くことができ、充実した一日になりました。

茅ヶ崎までやってきて、少し休もうと、ひさしぶりに、「里山公園」に立ち寄りました。
そこには素敵な仕掛けがありました。

koinobori.JPG
こんなのが長いロープ3本にそれぞれ20ヶ(なんと数えるんだ?)ほど連らなっています。風にあおられ、宙を泳ぎ、本当に生きているかのです。
しかし撮られることを拒むかのように、一匹は腹を向けてだらしなくあえいだり、急に弱まった風に乗り切れずダランとたれてしまったり・・・
なかなか被写体としてうまくポーズを決めてくれず
ままならないものを感じました。結局10枚以上撮ってしまいました。

撮りおえ、振り返り足元を見るとつつじが咲き始めていました。
オオムラサキとキリシマつつじが先鋒です。

◇オオムラサキツツジ
oomurasaki.JPG

そしてひとたびきれいな花に興味が移ると、
あれもキレイ、これもキレイということになり
こちらも20枚ほど撮ってしまいました。

ハナミズキ
hanamizuki_02.JPG

◇フジ
fuji.JPG

この時期は本当に心の沸き立つような、祝福された季節です。
植物に関しては私自身、昨年までまったく興味がなかった分野であるので、
特に新鮮な感動があり、春には、都市近郊においてもこれほど多くの花が咲くものかと驚いています。
都市の中の緑化されたスペースで忙しい最中、
束の間憩い、緑を見て心癒される。
今まで知らなかった、ひとつの素晴らしい世界に親しむことができました。
老人達がのめりこむ理由がやっとわかったようです。
(私自身がそんな年齢域にはいって来ているという証左でもあるのですが・・・)

◇ヤマブキ
yamabuki.JPG

◇コデマリ
kodemari_03.JPG

帰宅途中、興が乗ってしまったので、「長久保都市緑化公園」にも立ち寄り、
また何枚か写真を撮ってきました。
これからの季節園内にあるつつじの丘をさらに花が彩ることでしょう。
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2005年04月03日

引地川〜春

MTBにまたがり引地川(神奈川県)を流してきました。
長後で野暮用があり、済ませてすぐ帰るつもりでしたが、
川沿いを走るうち興がのってきて、
結局源流までたどり着き、写真も50枚ほど撮ってしまいました。
詳しい内容は現在大改修に挑んでいる本サイトに書くつもりですが、
今日は、春らしく樹木や花をめぐるテーマに沿ってまとめてみました。
(私の記事を放り込むジャンル「アウトドア」において、
じゅうたん爆撃的に、同日に複数ログを更新してくる「ボロボロ」さんにインスパイアされました。)

境川のサイクリング道路は自転車乗りにとっては有名なところですが
ほぼ並行して流れるこの川についてはあまり語られないようです。

流程も短く、川沿いに本格的なサイクリングのための道があるわけでも無し、
ところどころ途切れ、工事により分断され、
時に農道の様であったり、砂利道になったり
本格的にはしるにはちょっと向かない所です。

川自体もドブ川といってもいいくらい貧弱なものです。
時に途絶えそうになる頼りない流れです。
川の流れを見て、癒されるということは期待できそうにありません。
しかし周辺は意図していない修景の面白さが、いたるところにあり、
それが人為的なわざとらしさでは得られない、のどかさを醸し出しているところもあり、
しばし歩みを止め、眺め、休んだり写真をとるため構えたりしてしまいます。
寄り道するところには事欠きません。

下流から北上し湘南台を過ぎ、畑地が風景を支配する中、
突然、一面の黄色が目を射ります。

nanohana.JPG

田舎の春を象徴するような「菜の花」ですが、これほどの、迫るような圧倒的な量を見たのは、久しくなかったように思います。

中原街道を過ぎる頃から川岸に桜の並木が見られます。
「千本桜」と呼ばれていて、花見の名所のひとつに数えられています。

hikitigawa_sakura.JPG

昨年のこの時期には盛りを迎えていた花も、まだ3分ほどの開き具合でした。
しかし人々の活気はもうすでに8分くらいには達していた様です。

かわりにこんな花が咲き誇っていました。

◇木蓮〜引地台公園にて
>mokurenn.JPG

◇紅梅〜大和市上草柳、民家にて
koubai.JPG

来週あたりは、桜も咲き誇っていることでしょう。
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2005年03月20日

旧モーガン邸

いくつかの「偶然」なんて本人が気づかぬだけで、実は必然ではないのか。

先日たまたま入った、横浜野毛の中華料理屋。
カウンター上には新聞が置かれていた。
いつもはめったにひらくことのない地方欄に視線を走らせると、
小さな囲み記事にモーガンという文字が見止められた。

左上から右下へと作業のように動いていた、視線の流れはそこで淀み
記事を仔細に観察することになった。
「3月20日、11:00〜13:00”旧モーガン邸を守る会”による定期清掃のおり、
邸を一般開放し、撮影会を行います。」

そういえば先週横浜に出かけた際<、根岸森林公園内の
かつての競馬場観覧席の設計者が「モーガン」だったような・・・
以前の記事

奇妙な符合を感じました。
先週公園を訪れ、その威容に感銘を受けたばかりでした。
また旧モーガン邸は私の住むところから、電車で一駅隔たるだけ、
よく通るサイクリングコースのひとつの道すがら、奥まったところにあります。
建築の分野に決して明るくない私には、それまでその名を知る事のなかった存在でしたが、
ここに来て突然、私との接点が出てきたのです。


◆鉄製の門◆立派なサルスベリと邸外観
morgan4.JPGmorgan3.JPG


昭和6年モーガン氏の私邸として建てられたものです。
死後幾人かの所有にかかりましたが、最後の所有者が莫大な負債を抱えていたため、
今は株式会社整理回収機構の管理化にありますが、
2003年財団法人日本ナショナルトラストにより保護資産に認定され、
その年暮れから買取を目指した募金活動が始まりました。
目標額は2億2千万円。
今年2月の報によるとあと4000万円ほど不足しているようです。


◆当時のテーブルと椅子◆居間からサンルームを望む
morgan1.JPGmorgan2.jpg


まだ建築物景観の配慮などの思想があった時代、
いくつもの素晴らしい建築物を設計した人間の私邸が
この様に打ち捨てられたようであるのは、悲しいものがあります。
裏に回って見るならば窓にはステンレス製のサッシがはめ込まれ、
便利さを求めた改修という名の下に、いいように破壊しつくされた感があります。
内部の安っぽい塗装はところどころ剥がれ、杉の木の幹のようにささくれています。
モーガン氏の所有を引き継いだ人間は定かではないのですが、
もう少しセンスを持ち合わせた種族であったなら、この惨状はなかったでしょう。
本来の姿がどうであったのか、容易にはわかりませんが、
今はかなり悲惨な状況にあるという感じです。

私、金も暇もありませんが、
このような活動には賛同する者のひとりです。
今日のイベントの趣旨はひとりでも多くの人に、この現状を知ってもらいたいというものでしょう。
守る会、会員として登録しようかと思いましたが、
生憎持ち合わせがなく、わずかなコインを残してきただけにとどまりました。
旧モーガン邸を守る会Webサイト
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2005年03月05日

桜山@逗子ウォーキング

心休まる週末。
昨日の雪から一転、
今日は気持ちよく晴れました。
10時に家を出て、逗子へ向かいます。
そこで自転車を降り、
桜山界隈の裏山を尾根づたいにあるき、逗子海岸まで散策しました。

このあたりは別荘地としての素養があり、古くからそのような成り立ちであったので、
散策するのも風情あるものです。
実際、地図に現れないような森林内にすばらしいパスが多く存在するようです
東京からへだったった距離というものはそんなに違わないのですが、
このあたりはうちの近辺と違って、自然が色濃く残っています。
人の手ははいっていますが、飼いならされ、箱庭のようになった自然とは違います。
あまり足を踏み入れる人もいないのか、今でも落ち葉がうずたかく積もり、
いつの嵐で倒れたのか、大木がそのまま道を塞ぐように横たわったところもありました。

sakurayamakofunn.JPGbv

桜山の古墳を乗り越え、尾根伝いを歩き、
蘆花公園の一角、かつて徳川家16代、家達氏(元貴族院議長)が別荘として使用していた建物、
今の郷土資料館にたどり着きました。

kyoudosiryoukann.JPG


海側からここにいたる坂道の脇には徳富蘆花の随想「自然と人生」の文章抜粋が月毎に立て札に記されています。
3月のものを撮影しました。

rokasizen.JPG

道自体はコンクリートで固められ情緒に乏しいものがありますが、
この立て札の演出には感心しました。

その後、逗子海岸から駅を至る道をとると、
多くの建築中の住宅がありました。

古くからの住居は代替わりの時期をむかえると、相続税等が払えなくなり、
その土地を切り売りすることを余儀なくされるようです。
大正から昭和初期の、庭の赴きにマッチした木の味わいを残す建造物は、外面だけはピカピカな、皆同じような形で、生活感のない、まるでお菓子の家のような質感のない住宅に変わっていきます。
それは悲しいほどに、周りに残る自然とは融合しないものです。
逗子市では景観賞なるものを設け、街の景勝に寄与する建造物に対しこれをあたえているようです。そのひとつがこちらです。

zusinoie.JPG

資本主義とはもとよりそういうものなのでしょう。
「勝ち」とか「負け」などの単純な思考でしか社会現象を捉えられない輩の氾濫したこの国ではなかなか思い至らない思想なのですが、
今では貴重になったこの景観を守るのに何らかの方策が必要なのではないでしょうか。

モーレツよりビューティフルなどと言っている時代もありました。
しかしいつでも表層だけの取り繕いにとどまり
一向に生活スタイルに美的要素が見られなかった我々和人。
経済効率を優先する行為は、人心の義や徳やら、
健全なる家族生活やら、環境やら、そんな幾多のものを犠牲にすることを余儀なくされました。
その弊害は、現在この社会のいたるところに噴出してきています。
無機質な経済活動優先の行いが生んだ病根は、かなり根深いものがあります。
いま我々は、高度経済成長の幻想に捉われていた、かつてのわれわれとは違う意識を持つ必要があります。

野山を歩きながらそんなことも感じていました。
posted by renn at 23:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 湘南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月01日

支那そばやその後

支那そばやが昨年暮れから店舗を閉めて長く経過しました。
再開の情報を心待ちにしていたのですが、結局閉店ということになりました。
代わりに出店したのが、かつて藤沢石川にあり、一時茅ヶ崎に移った、
湘南ねぎ屋です。

支那そばやと言えば藤沢ラーメン専門店の代表的なものでした。
昨今はラー博にも進出しテレビにもかなり露出していましたので、
マスコミに毒された店のような印象が流布してしまいましたが、
スープ、麺、具にこだわりがあり、何の変哲もないラーメンのようですが、
他のどこでも味わうことのできないここだけの固有のものがありました。

もとより系統がまったく違うので、比較することはできませんが、
後釜の「ねぎ屋」・・・期待する人も多いようです。

私も先日訪問してきました。
ねぎ屋の何たるかは知っているつもりでした。
しかしオープン前まさに工事中に近くを通りかかった時に
「家系進化を食らう」というそのコピーに興味を覚えてしまいました。

negiya.JPG

内装はカウンターだけであった支那そばや旧店舗を改良(?)し、奥に4人がけテーブル席を2卓設けていました。
やはりねぎ屋の有力なターゲットである、家族連れを見越してのことでしょう。
休日であったので、そこにお子チャマ連れが群がっていましたが、
お約束のように、駆けずり回る子供や、店内の空気を引き裂くように泣き出す乳児で溢れていました。
かつての支那そばやの一種異様な緊張感が懐かしく思い起こされます。
店舗の改修はもうひとつありました。テーブル面自体は昔の支那そばやのものをそのまま使っているようでしたが、厨房側に主に食器の上げ下げに使われる用途で、新たにかなり高い段差が設けられていました。厨房の仕事を眺めるには少し背伸びする必要があります。

支那そばやにおいては、製作過程を見せることもひとつのアトラクションでしたが、
ここねぎ屋では、その大雑把な麺あげを公にさらすことは店としても恥と感じているからなのでしょうか、視線をさえぎるかのような壁が眼前にはだかります。

negiya (1).JPG

ノーマルの醤油ラーメン中盛をたのみました。
あぶらがやけに多くそれに反比例して、コクは絶望的なまでにはかないものです。
店の壁に目をやると多くのメニューを記した張り紙がありました。
最近いろいろな「ギミック的な」メニュ開発に尽力したようです。
あまりにも浅はかなものだったので、名前を記憶するにはいたりませんでしたが、
塩と醤油のブレンドだとか、溶きタマゴをまぶしたものだとか、
そんなものが5種類ほどありました。
この店の考える進化とは、こういうことだったようです。
もともと正統派家系の素養がないのですから、わき道にそれた所に光明を見出そうとするのは解らなくもないのですが、
表に大きく「家系、進化」と謳っています。
しっかりとした本筋はあってこそのバリエーションではないでしょうか。
こういうのは進化ではなく、ましてや維持でもなく
紛れもない退化というものです。

きょうの店内、やたら混んでいました。
かつての支那そばやのように食っているすぐ脇に立って、席の開くのをまっているやからまでいます。
支那そばやであればそんな立っているやつらが、大胆な行動にでることはまずなかったのですが、
ここは少し勝手が違います。
解き放たれたガキお子様がすぐ脇で跳ね回ったり、
やけに大きな荷物を持ったばばあおば様がその荷物で終止私をコズキ回したり、
そんな大いなる喧騒の中、うまくもないラーメンを食らうのはかなりの苦痛でした。

この理不尽ともいえる混雑はどういう種類のものなのでしょうか。
純粋なねぎ屋ファンなのでしょうか。
あるいは、支那そばや跡地に開店した店が、どんなものであるのか確かめたいという人々でしょうか。

ここ家系に比べ確実に進化を遂げている点があります。
値段だけは少し安いようです。

湘南ねぎ屋
藤沢市鵠沼海岸7−5−37
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2005年01月16日

向日葵@茅ヶ崎-関東とんこつ系

肉体的にも疲弊しており、
天候もあまりに寒く外に出る気力もなく、
今日は一日部屋に垂れ込めていました。
こんな機会ですから、滞っていたWebの更新を一気に進めてしまおうと思い、日がなキーボードに向かっていました。
膨大な書きかけのファイルの中からいくつかUPしました。
スタイルカウンシル(様式評議会)
ということで(どういうことやネン)
きょうは、手持ちの題材でのブログUPになりました。

私のお気に入りのラーメン屋です。
シチュエーションとしては、思いっきり量をくらい、
にんにくなども多量にぶち込んで食しても、後に周りに迷惑をかけない状況での訪問機会を想定しております。。

himawari

いつもオーダーするのが、餃子ランチ、麺大盛りです。
ここはランチセットであっても、一杯のラーメンであっても、麺を大盛り(1.5倍)にしても値段は変わりません。通常のとんこつ醤油ラーメンに餃子3ケと飯が付いて、大盛りにして609円です。それでこのボリュームです。
スープはとんこつベースのダシに強い醤油ダレと、背脂や鶏油などが多量に浮かべてあるかなり重いものです。麺は中太で縮れたもので、個人的には好きなものです。
チャーシューもメンマも少々甘い味付けなのですが、これはこれでオリジナリティーに溢れています。この系統でいろいろなラーメン屋に行きましたが、ここのような味のラーメンは他にはないものです。
現在ではまれな固有なるモノがあります。
海苔一枚の上に大量ににんにくを載せスープを掬う際にまぶして飲んでいますが、
にんにくとの融和性が飛び切りいいのもこのジャンル、関東とんこつ系の特徴でしょうか。そのほか味噌やつけ麺などもありますが、いつものこのメニューがあまりにもお得k感に溢れており、非常な満足を味わえる為、いまだ試す機会がありません。

向日葵
神奈川県茅ヶ崎市高田5-3-31
営業:11:00~15:00 17:30~23:00
休み:第三月曜
posted by renn at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 湘南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする