2007年06月20日

静かなる絶望

春が来て、いつしか蒸し暑さを感じるようになり、
そういえばつい最近まで寒さに震えていたんだな、と思う。
人の感じる時の流れは均一ではないが、とみに速くなったと感じ
つり革につかまり、走り去る灯を車窓に見送っていると、
すぐ眼下に
酔い呆けた禿頭の中年男子が座っている。
この人の人生を想うとざわつく感情を抑えることができない。
もちろんこの禿頭男子がそういう感情を持つことは決してないと知っているからなのだが・・・

多くの市民は、静かな絶望の生活を営んでいる。
最高の芸術作品とはこういう状態から抜け出そうとする人間の苦闘を表現するものなのに、我々のまわりにあるものは、このひどい状況を快く感じさせ、より高い次元のことを忘れさせる作用を及ぼしている


「虐げられる奴隷となって、時間の手中に堕ちざる為に、恐るべき時間の重荷から逃れる為に、絶えず汝を酔わしめてあれ!酒によって、詩によって、徳によって、恋によって、とにかく汝の好むがままに!」
〜ボードレール「巴里の憂鬱」

 文明の発達が人間を悲劇的な存在に追いやってしまったことは誰にも否めない。
ほかならぬ人間自身によって作られてきた時代なのに、いつしか人間の手に負えない妖怪と化してしまっている。ところが、人間の肉体と精神はいまだに大自然にひたりと寄り添って生きるように造られている。つまり、それ以外の生き方には苦痛を伴うようにできている。この厳然たる事実は、どうやらあと数千年を経ても変わりそうにない。
 従って、人間の不幸はこの先ますます深まり、そうした苦悩から束の間開放させてくれる麻薬的な刺激の数々が生きるよすがの錯覚としてますますクローズアップされてゆくだろう。芸術もそのひとつかもしれないが、音楽はともかく、文学や美術は果たして麻薬がもたらす陶酔感と互角に張り合えるほどの力を持ちえるだろうか。

〜丸山氏エッセイより。
タグ:ソロー
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2007年06月12日

モスキート型飛行物体

一昨日、昨日と毎度の繰り返しのように、またしても奴らの襲撃あい、
朝4時に目ざめてしまいました。
しかしこ奴等のやりかた・・・姑息ではあるのですが、日中は永くどこかに潜んでいて、夜半になると活動を開始し、わずかばかりの人血を吸いたいが為とはいえ、なんという忍従の生活でしょうか。ほとほと感服してしまいます。

そんな彼らに敬意を表して、今日は甘味なる消滅への手助けをすべく
豚さん陶器と蚊取り線香ひとパックを購入し、
死への舞踏を演出してあげました。

katoributa.jpg点火したとたん・・・
蚊が明らかにパニック状態であるかのような狂乱に陥り、立て続けに私めがけて、最後のあがきとばかりに特攻を企ててきました。
もちろん返り討ちにしてやりました。
寝入りばなをねらって盗み取るようにチョコっと血を吸うなどという姑息な手段にでるのでなければ、蚊の飛行など、いかにスピードに長けた奴でも、フェイントを駆使した華麗な技術を誇る奴でも、物の数ではありません。さっと手を突き出し、手のひらで握りつぶしてやりました。

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2007年05月10日

農民として生きています。

一年ほど更新を休んでいました。
その間2度ほど転居し、
やっと西湘地区の古民家(単なるぼろ家???ちなみに築60年)に落ち着きました。
このあたりは紛れもなく東海道が通っていたところで、
ほとんどが味気ないたたずまいである国道一号線の中でも、
ほんのわずかながら、古の面影の残るところです。
国道沿いの建物の多くは前面にはりぼてのように意匠が凝らしてあり、それは映画のセットか、はたまたマカオの有名な教会のようなものです。
これを「看板建築」と呼ぶそうです。
kannbann_02.jpg kannbann.jpg

先日、我が家のすぐ前の自転車屋(近隣でもっとも壮麗な看板でした)がその壁を壊しているところに遭遇しました。
所有する者は維持する苦労など、いろいろな事情があるのでしょうが、一番残さなければならない物をこんなにあっけなく壊してしまっていいのだろうか。またひとつ貴重な文化的財産が失われ、さびしい思いにとらわれました。

さて私、ここ西湘地区で「農民」として再出発しました。
詳しくはこれから立ち上げるブログ
愉楽農園繁盛記で日々お伝えしたいと思います。
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2006年07月22日

梅雨の情緒

昨年は空梅雨で
ジョットリと湿り気を含んだ空気を、強い日差しがいたずらに焦がし
引き続き訪れた狂乱ともいえる夏の灼熱には、ほとほとまいったものです。
しかし今年は適度に湿りもあり、中休みもあり、
異常な台風の連続上陸もなく、
久しぶりに(ほぼ)健全な日本の梅雨の気候となっているようです。

遭遇するいろいろなブログの文字に目を走らせていると
「梅雨ってジメジメして一番イヤ!!!」なんて書き込みが多数を占めるようですが、
私・・・結構この時期はスキです。

晴耕雨読
本当にそういう生活ができれば理想なのですが、
雨の休日は「雨読」の姿勢を貫くことができ、むしろ心地よさも覚えます。
(晴れるとどうも、あちこちフラフラ出かけたくなっちまいますので・・・)

某日、朝から降り続いた雨が上がり、
曇天に支配された日中よりも、夕刻に到って空は明るくなってきました。
仄かに心浮き立つものがあり、
食材の買出しもかねて、ふらりと出かけました。

住宅街を縫うように進んで行くも、すれ違う人もおらず、
界隈はちょっとしたゴーストタウンのようです。
夕餉の匂いが窓から洩れ、漂い、生活の確かな兆しは感じられます。
しかし不思議な静謐がありました。

散策していると、いろいろ想起させられるものがあり、
思いがいろいろなところに飛翔して行きます。
その情景がニースの港であったり、バルセロナの裏道であったり
それは日常の生活では決して表われてこない、心の奥底に潜んでいた記憶なのですが、
それがどういう発火作用によりこうして蘇ってくるのかという
ある種の驚きも含んでいます。

国道一号線沿い、二ツ家(地名は二ツ谷)−大山へ到る街道筋に、宿が二軒あったことから名づけられたとのこと−
のあたりは旧街道の面影を残すようなケヤキの大木、豪農の屋敷などが残っています。
その細い道を縫うように進んでゆきます。。
周りの木々を見ながらふとおもいました。
「梅雨・・・人にとっては決して快適ではない気候でも植物にとっては恵みの時節なのだ。」

yuzu.jpg
庭のゆずの木が実を付けていました。


ume.jpg
その近くには梅園がありこちらも、実が鈴なりでした。


そして豊穣の極みは、紫陽花です。

いつもはなんとも貧相な葉と茎をさらし、
生きているんだか死んでいるんだかわからないような様相を呈していますが、
今の盛り、こんもりと広がるその花は菊の大輪にも匹敵するかのようです。
雨滴を受け、しっとりと染み入るような美しさを誇っています。

今日も雨は地表を濡らし、植物に滋養をもたらしています。
暗い空にもかかわらず、どの植物もしっとりとしたつややかな緑の葉を誇っています。

hana_june (1).jpg植え込みにあったガクアジサイが可憐に見えたので、
接写で記録しました。
そのとき私のすぐ足元を小さなカタツムリが這っていました。

今、ホンの数ミリ、私の靴を逃れ彼は生きながらえました。
しかし彼は先の繁華な道を横断し、別のアジサイの群生に到ろうと目論んでいるようです。
生活環境改善のためか、あるいはカタツムリという種の発展をもくろむ崇高な欠くべからざる行為からか、
しかしその先には通りを爆走する、幾重もの車の輪が待っています。
アスファルトから引き剥がし、植え込み後方の森に投げ込んでやりました。
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書くこと・歩むこと

また、長く休んでしまいました。
かくも長き不在に対して、何らかの「釈明のようなもの」が必要とされるでしょう。
それだけが出来ずにいました。
枕詞さえあれば、本文はすんなりと出てくると思っていました。

何かを書き終え、自分の思うことをうまく表現できた。
心を覆っていた茫洋としたものを言葉にあらわすことができた。
その瞬間はなんともいえず晴れやかなものです。

人間は言語を書くことはもとより、読むことでさえストレスを感じるといいます。
そんなつらい所業をしなくとも
口が達者で、何でも思うとおりに言えるなら
人は書くことなど必要なくなるのかもしれません。

自分や友人・配偶者・仕事、といった生活全般に何の不満もないならば
経済活動に精を出し、偉人の顔が印刷された紙切れを集め
自身を容れるちっぽけな囲いを、狭い地上に作ったほうがいい。
それが高度資本主義社会に生きる者の健全な生活です。

そういうことができないから、常に不満を抱え、
自身の欠落―それも決定的ともいえる欠け具合―
に気づいているからこそ書くことをやめられない。
それは他者に対し何かを訴えたいという欲求というより、
自身の欠落している部分を埋める為の行ないなのかもしれません。
「ぼんやりとした不安」は常に我が心に巣くい、
霧散する兆しはありません。

ここ一月ほど、「歩く」ということに偏執的なまでにこだわっています。
街へ海へ、里山へ谷戸へ。
歩いた距離はどの位になるでしょうか。
自分でもよくわかりませんが、歩みながら”精神世界のなにものかの成就を願う”お遍路さんのように、無意識の内に願をかけていたのかもしれません。

なるべく心を空虚に保ち、目にとまった葉の揺れ具合、立ちのぼる匂い、
そんな時に湧き上がってくる感情や巡ってくる記憶に素直に向き合い、
彷徨い漂うように歩を進める。

自転車に乗ったり、ジョギングをしたり、筋トレをしたり、運動するということは憂愁を霧散させるひとつの有効な手段です。
ランナーズハイ、スイマーズ・ハイなどと呼ばれるように
一定時間有酸素運動を続けていると、ある時ふと訪れる現実遊離の瞬間、
肉体的苦痛や精神的混迷から開放される瞬間が訪れます。
一種のカタルシス・精神浄化作用です。
歩くことはその最もピュアな形態です。
歩を進めることには何の技術もいらず、運動効率を考えたり、フォームを気にしたりする必要はありません。
より純粋に行為に没頭することができます。

想うことは日々、非常に多いものでした。
ここ近年にないほどの密度でもって日々想いつづけました。
そしてそれが蓄積し、心の中で飽和状態になり、
少し零れ落ち、文字になりました。
また・・・もう少し続けていきたいとおもいます。
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2006年04月15日

失われつつある風景

私的に、ささやかではありますが、
失われつつある、”日本的情緒を醸しだす風景”を求めて行きたいと思っています。

「おぼろ月夜」
菜の花畑に入日薄れ
見渡す山の端、霞み深し
春風そよ吹く空を見れば
夕日懸かりて匂い淡し


「春の小川」
春の小川はさらさら行くよ
岸の菫や蓮華の花も
姿優しく、色美しく
咲けよ咲けよとささやきながら


上記のうたは郷愁を誘うものですが、
奇しくも同じ作者のものだということに気づきました。

高野辰之(たかのたつゆき)(M9/1876〜S22/1947)
長野県豊田村出身の国文学者。
1910年東京音楽学校(現,東京芸術大学音楽学部)教授となる。
広く文献資料を収集・考証し,邦楽,歌謡,演劇の芸態とその史的研究の先駆者として未踏の分野を開拓した。
1925年論文「日本歌謡史」により文学博士の学位を受け(翌年刊行)、
1926年から東京大学で日本演劇史を講じた。
のち大正大学教授に就任。
晩年は、野沢温泉村の別荘で過ごした。
小学唱歌の作詞者として著名。
その代表作として、彼の幼少を過ごした信州の自然を織り込んで作詩した
「故郷」
「おぼろ月夜」
「紅葉」
「春がきた」
「春の小川」 などがある。
いずれも皆に親しまれている、郷愁を誘う歌である。
先に挙げた曲は、平成元年NHKがおこなった
「日本のうた ふるさとのうた」100選に選ばれた曲である。
また、郷里の豊田村には、「故郷」の記念碑・高野辰之記念館が、
野沢温泉村には、「朧月夜」歌碑が建てられていて「おぼろ月夜の館」という名前の記念館がある。


唱歌・童謡の歌詞は、情景の描写に尽きるものが多いようです。
私の記事の中で何度も触れていることなのですが、
昨今の歌の詞(ことば)はなんとも直情的であり
・・・(キミ、ボク、ガンバル、自分らしく、君が笑えば世界中がHappyなんだ・・・?等)・・・
歌詞(言語)がイメージ(映像)を喚起するものは
ほとんどなくなってしまいました。
この現象を生物学的観点(?)から説明すると、
現代人(過去人とを分かつその仕切りはビミョウですが)は歌の言葉を
感覚・リズムなどを司る右脳で捉えているからだ、ということだそうです。
虫の音を、欧米人が単なる音として右脳で捉えるのに対し、
旧来日本人は、それを“風情”と感じ、左脳を使っているのだという説もあります。
日ごろからそこかしこで散見できる”侘びさび”のかけらもない人々の言動は、こんなところにも原因があるのかもしれません。
ある種これは日本伝統文化の最大の危機なのだ、という思いもあります。

本日、高野氏作唱歌「春の小川」のあらわす風景を求め、県央地区を流しました。
訪れたのは流域に、寒川、海老名、綾瀬、など田舎・田園といわれる場所を持つ目久尻川側道でした。
田畑(でんぱた)、田舎(いなか)それは自然という語句と素直に結びつくものとは限りません。
首都圏近郊地帯では田舎であるほど不毛だというのが実情です。
この川の下流域の情緒の欠落には打ちのめされました。

mekujiri 008.JPG mekujiri 011.JPG mekujiri 018.JPG

鰡(ボラ)の子の群れ、それに養われる鵜や小鷺の異常なまでの増大。
川の様相はなんとも味気ないもので、強制的にまっすぐに直され、コンクリートで護岸され、さらに川辺には石塁を築き、それを金網で覆うという徹底な仕事です。
それは工業至上主義を具現するかのようななんとも無粋な行為です。
浅く速く、淀みもない水の中では、鯉も住み心地が悪いようです。
あらゆる有機物に加え、時に毒までも吸収し成長を続ける川辺の巨大な葦状植物。
そこに文明がはき捨てる排泄物が絡まり、目を覆いたくなるほどの氾濫を生み出しています。
川辺を歩みつつ大きく呼吸をすれば、近隣で囲われる家畜が生み出すねっとりとした、しつこいほどの悪臭が鼻腔に迫り、それは行程のうち、終始付きまとうものです。
今ここにレイチェル・カーソン女史がいたなら、
その嘆きはどれほどのものでしょうか。

現実がうた世界とは遠くかけ離れたものになってしまい、
イメージしようにもかなわないものになっています。
実際「春の小川」の”小川”とは
代々木にかつてあった河骨川(こうぼねがわ)のことであるとされています。
今では暗渠となっています。
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2006年04月10日

木蓮の涙

暖かくなっては、急に寒くなる日が続きます。
春先のこの気候は「三寒四温」という言葉でもあらわされます。
もとよりこういう不安定さが、来たるべく本当の春への序曲なのでしょう。
しかしこのところ、晴れた日には等しく春一番のような強風が吹き荒れるのが習いになっています。
日本の春ってこんなに荒れるものだったのでしょうか。

海岸のサイクリング道路へ散策に出ました。
陽光がアスファルトに照り、少しばかりの暑さも感じていました。
その蒸した感じを断ち切ろうと海に一歩近寄り、今年初めて砂浜を歩きました。
砂上を歩いていると、南から吹き付ける風は肌を撫で、少しばかりひんやりとした心地よさをもたらしてくれます。
いつも見下ろしている海面、そこに浮かぶ多くのサーファーと同じ目線で海を眺め、久しぶりに覚えた躍動感がありました。

”浜須賀”からまっすぐ斜めに行程をとり、
自宅へとってかえす途上にその家がありました。
一年ほど前、大規模な改築工事を行い、
平屋・庭付きから、二階建て・周囲コンクリート固め・駐車場付へと
華麗な転身を遂げた家屋です。
かつて繁茂する植え込みの木を縫うように縦横無尽に駆け回り、
私が近づくたび吠えかかってきた”馬鹿犬”がいたのですが、
家屋の改修と時を同じくして、病でも蒙ったのか、
急激な体力的な衰えとともに、気弱になり
私の挑発にものってこず、さびしく尻尾を振って歩み寄ってくるようになっていました。

今日、久しぶりにこの道に踏み込み、頭のひとつでもなでてやろうと件の家に近寄ると、
いつものように駐車場の前面で寝転び、日を浴びている奴の姿はありませんでした。

玄関脇の犬小屋の前面に木蓮の一輪挿しが置かれていました。
(この家の庭に咲いている白木蓮からとったものでしょうか)
えさ箱・水桶は、奴が包まっていた毛布とともに、犬小屋の中にきちんとしまわれ、そして小屋の屋根には模造紙の貼り紙がありました。

「4月3日(月)・・・は天国へ旅立ちました。
いつも吠えたてた郵便局の人、宅配便の人すみませんでした。
遊ぶだけ遊んで、吠えるだけ吠え、
そして食べるだけ食べて逝った・・・は幸せでした。
もしよければ皆さんも・・・の冥福を祈ってください。」

「木蓮の涙」という歌が自身のうちに流れ出すのをとどめることができなくなりました。
posted by renn at 21:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

4月のウマシカ

昨日は「エイプリル・フール」だったのですね。
その事実をまったく失念していました。
どうも最近、日々の生活に追い詰められており、
ウィットや冗談というところから隔たっていたようで、
反省させられます。

昨晩はG軍が惨敗してしまうと、TV番組で見るに足るものはもう何もなく、
早々DVD鑑賞に移りました。
選んだのが、ビッグフィッシュでした。
しかしなんという符合でしょうか。
よりによって嘘をついてもいい日に、嘘をテーマにした名作を鑑賞するなんて・・・

ところでネット上では、
「エイプリルフールに偽記事を書く」
ということがひとつの流行になっているようです。
私自身普段から
”Webというものはある種の虚構が含まれる”という観念があるもので、
4月1日に特に気張って「面白い偽記事」を書こうという意欲はありません。
それに世の中、これほど嘘があふれていて、それが日常であれば、
嘘の”ありがたみ””特異性”もほとんどないように思われます。

本日、関東地方を「春の嵐」が襲来したため、
久しぶりに家に篭っていました。
何点か記事を書きつつ、
面白いサイトはないかと探していました。
その過程で知った「エイプリルフール偽記事の狂乱」という事実でしたが、
あるサイトの記事では、
「皆さんにお知らせがあります・・・(10行ほどのスペース)・・・なんと・・・(10行ほどのスペース)・・・私、結婚します。」
エイプリルフール企画の記事であることを後に明かしていますが
???モウワケワカラン。
ほとんど自己満足・自身完結型の「お祭り」ですね。

たとえば「タイムズ」誌や「ディスカバリー」誌などが嘘を書くから、そのギャップにウィットが感じられるんであって、
「サン」や「東スポ」や、幾多のポータルサイト、加えて権威も、名もない一個人が、捏造記事を書いたりしたって、それはユーモアでも何でもありません。
皆が競い合って浮かれ騒いでいるその様は、軽佻浮薄を際立たせるだけで、
傍から見れば花見の席で、酩酊し、騒いでいる集団の醜さとかわらないものです。
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2006年03月21日

春分の日

今日はイチ「春分の日」でありますが、
後世まで記憶されるのでしょう。
一番の話題としては、WBC日本優勝という偉業。

もう少し近い事としては、関東地方においてソメイヨシノ種の桜が7分咲きとなり、開花宣言が出されたこと。
その日が偶然にも「春分の日」であったということです。
(ちなみに一昨年は3月19日でした。
昨年はどうもはっきりしません。
日記には食った事した述べられていなかったもので・・・。)

今までの寒く・暗い夕方を記憶しているものだから、
今日など、やけに夕暮れが長く続くものだと思い、嬉しくなりました。

季節折々の、自然現象にからむ事柄を用いて
祭日として設ける国って他にないように思います。
多くの国は、宗教的なものか、偉人にちなんだもの、
あるいは歴史上の重要な節目となった日を祭日としているようです。

昼と夜が同じ長さである。
そこに重要なものをみて、国民の祝日にしている
この国の民の根本にある、そういう感性が好きです。
そう思う人は少ないのかもしれませんが・・・。
posted by renn at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月20日

続PC生活

今日のマキシム:
1.転ばぬ先の杖
2.備えあれば憂いなし

先日、常時携帯しているノートパソコンの電源コードを唐突にぶち抜いてしまい、
強制シャットダウンしちまった後、ウィンドウズが立ち上がらなくなってしまいました。
ズイブン前に逝っちまった「日本IBM」の後半期の”名作”であるこいつは、
無骨なメーカーのアイデンティティーとも言える「つくりの堅牢さ」には乏しく、電源コードの差込口も長年の過酷な使用により「ゆるゆる」になってしまい、少しの衝撃で簡単に抜けちまうようになっていました。
ここ数日何度も引っこ抜いては、電源を入れなおすことを繰り返していました。

そんな事実もあり、
また新たにプリンタドライバを入れたり、
幾多のネットワークにつないだり、
新しい環境に馴染む時に付きまとうストレスもあったのでしょう。
このところ起動の際実に不安定で、ブルースクリーンが頻出していました。
そして今日、
繊細なコンピューター機器に対するにあるまじきぞんざいな扱いに,、さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、一気にへそを曲げてしまったようです。

STOP: c0000218 Unknown Hard Error
Hard Unknown Error
Beginning dump of physical memory.
Physical memory dump complete.
Contact your system administrator or technical support group for further assistance.

この症状に関し詳しいサイトがあります。
以下このサイトの内容の抜粋です。

このページに来られた時点でおおよその見当はつきます。
ひとまずお察し申し上げます。
C0000218はWindows2000がリリースされた当初から発生が確認されているエラーであり、
にもかかわらず今にいたるまで完全な解決策が編み出されていないという
Windows最凶クラスのエラーです。
この原因不明の凶悪なエラー症状から、「死のエラー」という別称で呼ばれています。
 
このエラー症状はWindows2000/XPにおいて、レジストリ部分のファイルの破損によってOSが立ち上がらなくなるものです。
OSロゴが現れた後のブルーバック画面にエラーメッセージが白文字で表示され、以後リブートを繰り返します。なお、以下に表示されるであろうエラーメッセージを記述しますが、他にもいくつか存在すると考えられています。


回復コンソールの導入により起動できるかも知れない。
今までそれで何度も切り抜けてきました。
酩酊して帰宅した状態で、すぐにノートパソコンにCD−ROMドライブなどつなぎ
修復を試みていると、電話が鳴りました。
時は午前一時、「いったい何やネン」
グチグチと長くなる電話を適当にかわしつつ、コトを進めていましたが、
Administorのパスワード云々というところでつまずき、
それ以上進める気力をそがれました。

どうせハードディスクをフォーマットしたところで、失って惜しいようなファイルなんか無い!
日ごろからきわめて周到に、こいつがいつ落ちてもいいくらい
すべてのデータはデスクトップパソコンに移している筈だ。
そう思い違いをしてしまいました。
それは酩酊が生んだ大雑把な強引さ以外の何物でもないのですが、
「力技のリカバリ」に出てしまいました。

失ったもの、
1.ここ2ヶ月分・職場近辺にて食った記録(エクセルにて保存)
2.ここ1週間ほどの写真ファイル(オリジナル。特に鶴見に遠征し、なりこま家・生麦魚河岸通りの情景を撮ったものは、失うには惜しいものです。)←(そのうちリベンジ?します。再取材の後UPします。
3.いくつか用意していたブログ用記事の下書き
4.今までブログにアップロードしたすべての画像(元写真は別のところにあります。縮小等の加工をしたものだけですが何をアップロードしたのか・・その記録という意味で重要なものです。)
5.メールアドレス、およびメールデータにて保存してあった、ユーザーアカウント等の情報。
6.これまでちまちまと教育してきたIMEの学習成果が一気に失われてしまいました。
これが一番イタい(←このような平・カタ混在表現を単語登録していました)ところです。

作業は煩雑を極めました。
実は私のノートパソコンってMeをアップグレードインストールしたXPが入っていたのです。
リカバリしてMe
→XPにアップグレード
→SP2にアップグレード
→最新OSに対応するドライバに交換
→余計なもの(メッセンジャー、ムービーメイカー、MSNエクスプローラ等)削除
→オフィスインストール
→必要なフリーソフト(窓の手、桜時計、TeraPad、+Lhaca等)ダウンロード・インストール
→無線LAN設定
→ホームネットワーク構築
これで半日を費やしました。

この一連の作業により、
現在のコンピュータ事情に気づかされました。
一番感じいったのが
「SP2にはファイアーウォールが標準で装備されている」という点です。
設定の仕方により利便性とも共存できるものなのかも知れません。
もとより安全と便利さは、相容れないものがあるのかもしれませんが、わたしが思う”快適な動作”とは異なり、さまざまな妨害をなしてきます。

フリーソフトをダウンロードしようとVectorあたりから引っ張ってくると
そのたびに中断し、警告を告げるポップアップが出るようになっています。
無線LANなど頻繁に通信不能になります。
今まで普通に使えていて何の不具合を感じることもなかったのに、新しいものが入ってきて、そこに葛藤が生まれます。
なんか・・・社会の縮図を見る思いです。

5年前といえば、Windowsの革新的なOS、
NT系と家庭用PCとの融合を標榜したXPが登場した年と記憶しています。
コンピューターの5年は人生の25年に相当するかのように
ひとつのジェネレーションといっても差し支えないほどです。

ある種の天啓のようなものを感じたのです。
「コンピューターの世界は常に新しいものに触れていないといけない」
つねに表層にいなければいけないのだ。
今回のドタバタは帰しくも、コンピューターへの興味を再び呼び戻してくれました。

現状を見ることなしに潮流を見極めることもなしに日々漂っていた自分が
半ば意図的にコードをぶち抜き、
OSが立ち上がらない状況をつくり、自身を今のPC世界のフロントラインに立たせたのかもしれません。
posted by renn at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする