2008年07月19日

ニューヨークサイクリング始動編

まずはチャイナタウンをぬけ、ウィリアムズバーグ橋を渡りブルックリンへ至るという行程を進みました。

川に架けられた橋を渡る。
ここニューヨークではそれが一番のアトラクションかもしれません。
しかし・・・ブルックリンブリッジ、マンハンタンブリッジを渡るのとは異なり、この橋は観光客のためのものではないということが解りました。
渡り終えてすぐ、その先には何ら案内掲示もなく、うち捨てられたように感じます。
湾岸の港湾・倉庫エリアにいきなり置いてきぼりを食らう感じです。

picture 014.jpgpicture 016.jpg

自分としては初めて自転車を駆って、イーストリバーを渡り、マンハッタンからブルックリンへと至るという、ある種の冒険的意義があるのですが、今日遭遇した自転車に乗る人、走っている人、この都市で暮らしている人にとっては、それが単に日常的で、何の興奮もないものに過ぎないのです。
実際橋を渡り終えて、それからブルックリン中心部へと至るまでにはかなりの道のりがありそこにStrngerを喜ばす何らの趣向もありません。
実はあるインターセクションで東西を間違えてしまい、とても「ヤバーな地区」へ踏み込んでしまいました。
周りの人々の視線に強い負の色が漂い、ただ単にここに自転車で踏み込んだ人間に対する必要以上の注視、ねっとりとした重い視線を注いできました。
公団住宅状の地域、そこの公園では若者達がたむろしており、自転車を引きつつ歩む我に、言葉をかけてきます。
「道に迷ったのか・・・」
「何しにきたんだ」
「案内してやるよ・・・」
そう問うてくる奴らは明らかに目の色がヤバーであり、焦点が定まっていないようです。
敵意に満ちた、屈強なアフリカン・アメリカンの群れに遭遇し、
久しぶりに背筋にぞくっとする寒気を感じた瞬間でした。
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2008年07月18日

”うしくん”との出会い

相模縦貫道
今大々的に工事が進められています。
相模川の岸辺、海老名や厚木あたりはその巨大なコンクリート建造物が屹立し、
川辺の景観を大きく変えつつあります。

縦貫道に接続すべく敷設された国道20号線はすでに県央地区をとおり
幾多の起伏を迂回することもなく、すべてを横断するようにまっすぐに伸びています。
その道の中程、藤沢市でも内陸部、陸の孤島と呼んで差し支えない柄原地区辺りの道ばたは、まだまだ開発が追いつかず、あるいは開発していこうという思想さえ存在しないのか、ぴかぴかの道の傍らで旧来の状態で打ち捨てられた風景に遭遇することが多くあります。

昼下がり、人など誰も通らない嘘くさいばかりにこぎれいで整った歩道のすぐ脇に、簡単な囲いに覆われただけの広さ20平米ほどの牧草地があり、そこに”うし”が3匹、放し飼いにされていました。
急峻な坂の傍らにあり、自転車で漕いでくるならばその運動の完結地点でもあり、ここら辺で一服でも・・・といきたいところです。
そう云う意味では行程上重要地点でもあるのです。

私、(あるいは皆そうなのかもしれませんが)”うし”については知るところが少なく、接してみようにもその気分・状態をつかみかねると言うか、
しっぽを振って歩み寄って来る犬のように解りやすい心理状態を示す図式がありません。

いつぞや・・・
他の農家にトラクターを貸与した際、そこでピックアップしクリーンアップして自圃場へ向かうという局面がありました。
納屋にしまわれていたトラクターを堆肥集積所の近くの空き地に移し、作業を行いましたが、そのすぐ隣には幾頭もの”うしくん”がつながれている場所がありました。
一番近くにつながれていたひときわ体格のいい奴は「ブルブル」やら「ゲプッ(げっぷの音)」やら絶えず何かしら音を立て、せわしなく動き回り、落ち着きがありません。
目つきも妙に挑戦的です。
そう云う目立つ行為に出なければこちらも完全に無視してかかったに違いないのですが、「こ奴・・・何かしでかすかも・・・」
そう云う疑念を私に抱かせてしまったので、仕事を続けつつ常に横目でにらんでいました。
そのわたしの目線は彼にとって非常なストレスになっていたようです。

作業も一段落し、帰り際、私の博愛精神の発露。
こういう抵抗勢力とも心通わせておこうか・・・といらぬ優しさを発揮したのですが、
こ奴、とことん小心者だったようで、私の差し出した藁片に必要以上におびえ、突然激しい脱糞と放尿という攻撃に出ました。
少なからずその却りしぶきを浴び、愛情を誤解され、やり場のない気持ちを抑える術もなく、こ奴に対し思いっきり”けり”を入れる暴力行為へと発展してしまいました。

ushikunn.jpgさて今回の”うしくん”・・・白目をむいて近寄ってきます。
あるいはいきなりの攻撃に来るのでしょうか。
そう思ったのもつかの間、
素晴らしい質感を伴った牛タンを惜しげもなくのばし、頭を低く下げお辞儀をするがごとく媚を売ってきます。
試みに近くにあった雑草を一輪摘み取り、彼に差し出すとその舌をぐるりと回し、よだれを垂らしつつ、鼻面を大きくこちらに向け、我にすがってきます。
なんか・・・非常に
「かわいい」のです。
一番積極的な奴は、他1頭が前面に出て我の手から草を得ようという状況になると、
そこに野生の猛々しさが出るようで、激しくそいつを攻撃して自分だけがぶつを得ようとしゃかりきになっています。この仲間同士の格闘には少し恐怖を覚えましたが、私に面を向けるとまたお辞儀をするのです。

さて先日、
今度は藁片を密かに用意し、彼らに会いに行きました。
ところが・・・
その牧草地自体が掘られ均され、住宅用分譲地になっていました。

”うしくん”たち・・・(将来的にそうなる運命だったとはいえ)
売られちまったんでしょうか。

またお気に入りの場所がひとつ失われてしまいました。



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早稲田詣で

ちょっとした取材の必要があり、田舎町から2時間をかけて都心部へと行って参りました。
昼時、明治神宮辺りにいたので、先日開通した「副都心線」を使い「西早稲田」詣でをしてきました。
実は私・・・我が母校?を訪れるのは25年ぶりなのです。
いつでもそこにあり、無事であり健在であり、変わらないものだと思ってたのでことさら大仰に「訪問する」という行為に至らなかったのかもしれません。
過去を振り返るということをせずに今まで過ごし、
ようやく人生の折り返し地点を過ぎ、振り返ることを始めたということなのかもしれません。

しかし”世に変わらないものはない”その箴言のとおり
本年創立125周年を迎えるにあたり、歴史を重んじるべき学舎であっても大々的な改修工事に着手してしまっているようで、それにより、幾多の懐かしい風景は失われてしまったようです。

私にとっての懐かしの風景、今回感慨深かった点としては:
・2002年。学び舎8号館の取り壊しが敢行されたようです。その跡に建った高層建造物の不毛さを見、寂寞の思いを押さえることができませんでした。
・サークル活動の拠点であった、学生会館がやはり改修工事に入ったようです。
・安価ではあったが、非常に危うい味付けで皆を恐怖に陥れていた文学部奥の生協食堂が、華麗なる変身を遂げ、世間一般のキャフェテリアに成り下がっていたこと。その分個性も失われてしまったこと。(特にカレーが安かったのですが、本日、「カレー(小)220円」を食してみると・・・単なる業務用カレーの味でした。これはどこでも食せる味なのです。かつての生協食堂のカレーの独立独歩を行く、個性的であり、負の方向に突出したその味はかなり際だっていましたから・・・。)

今日昼過ぎ、正門近くで取材カメラのただならぬ集中があり、少し待ってみていると
やっていました。(リンク先はMSNニュース)

今では私自身あるいは多くのOBが単純な形でこの大学につながっている、心を寄せることができると自覚できるのが、スポーツのイベント、対外試合を通してという形なのです。
毎年年初に「箱根駅伝」や「ラグビー日本選手権」放映画面にかぶりついてしまう我がいます。

さて・・・昼飯は何か新しいものを・・・
そう思い界隈を物色しました。
「Ryomaのトマトつけめん」
その”アド街”の放送は私も見たのですが、
番組の模様が写真とともに紹介され、店外の看板に配されています。
その効果でしょうか、店内のベンチ状の待ち席に多くの若い女子が溜まっているほどの盛況ぶりです。
その列に加わるのはかなり勇気のいること?に思えたので、潔く断念し、無難に「メルシー」で食しました。
情報に敏感で、それに同調したいという心理を有する典型的な生物が彼女たちです。
流行に同調するという行為は単にうまいものを堪能するという欲求より、さらなる満足をあたえてくれることもあります。
そういう味わい方は、舌を満たし、官能におぼれたいという邪心を持っている中年男子よりはまだましなのかもしれません。(我々にとっての官能とは色か味かなのですから・・・)
posted by renn at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

ニューヨークサイクリング準備編

7月はじめ、仕事のためアメリカ東南部に赴き、視察などをしてきました。
日本に帰る際、ニューヨークに立ち寄り、5日ほど滞在しました。
今回は「自転車を借り、マンハッタンおよびその周辺を流してみる」という趣旨で過ごしました。
アメリカでは過去、サンフランシスコ、ハワイ・オアフにてレンタル自転車で流してきた経験がありました。
しかし・・・魔都紐育で異国人が走れるのか・・・。
(かつて北京でレンタル自転車を駆って走行した際、苦渋をねめた経験もあるので少々の不安はありました。)
しかしそれも杞憂でした。
北京は別としても、東京で車の群れと日々戦っているものならば別段何の問題もない、むしろサイクリストには優しい町なのだと分かりまた。

まずは自転車の調達です。
観光地には大々的に営業しているレンタル自転車屋があります。
サウスストリートシーポート(Pier17)、コロンバスサークルなどで見かけましたが少々値段が高いように思われます。
今回、滞在したアパートメントホテルに電話帳が備えてあったので、着くなりそれをめくってみて滞在地から一番近い自転車屋、なおかつレンタルもしているところをピックアップし、その日のうちに向かいました。

かつてサンフランシスコで自転車を借りたときは、フィッシャーマンズワーフの観光自転車屋?にお世話になったのですが、そのときはヘルメット、盗難防止用チェーンなど無料で貸してくれ、しかも初めて自転車にまたがったとき、係のおねいさんが
「は〜い・・一週まわってみてぇ〜・・・
アメリカで自転車に乗るのは初めてぇ?
日本とはブレーキの前後が逆だから気をつけてね・・・
は〜い、じゃー笑ってぇ〜・・・
カシャッ(シャッター音)」
いろいろ細やかに対応してくれ、おまけに馬鹿面さげて写真までとられちまって←(買いませんでしたが)
そのアメリカらしからぬ接客に苦笑さえ覚えたのですが、
今回はホンと何にもありませんでした。
お店の中のカウンターで名前・住所(宿泊先)クレジットカードの番号だけ記入すると店の親父は「後は若いモンがおまえの自転車を選ぶから」と言って他の客の方へ行ってしまいました。
店外で”若いモン”に自転車を選んでもらうのですが、
こいつも非常に寡黙で、「これはどうだ・・・」
と言ってだしてきた自転車だけ私にもたれかけさせると、
すぐに店内に行こうとします。
その自転車・・・ハンドル高が可変式の変なクロスバイクで、使われている部品もよく分からないものばかりだったので、いろいろゴネて在庫を全部確認し自分で選びました。
前輪のエアーが少し緩かったので、めんどくさがる若いモンの尻をたたいて入れさせました。
rentalbike.jpg
借りたものはこんな奴です。
想定していた条件としては、
・フレームサイズが大きすぎないこと(アメリカで借りる場合大きいものばかりということが多い)
・タイヤは細すぎない。(自転車専用道があるとはいえ、普通の道は日本以上に路面が悪い)パンクを直している暇はないから・・・。
・少なくとも前2枚、後ろ8枚。
・ハンドルはフラットバー。
・変速機はコラムではなくラピッドファイア形式
と言うことでこいつをレンタルしました。
格好は悪いですが、タイヤがブロックではないので、こぎは軽かったです。
ちなみに24時間計算で一日30ドルです。
借りた店は名前を失念しましたが、17stの3rdとLexingtonの間です。
この店からスタートし、まずはウィリアムズバーグ橋を目指します。
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2007年06月19日

生活のなかに良い物を

私は凝り性だ。
経済的余裕もあり、ほしいものは何でも手に入れてきた。
高価なものは世の中にあふれてはいるが
いいものは少ない。
私も今ではほとんどほしいモノはないのだ。
「欲望少なくして満足多し」
今ではこれが私のいつも思い浮かべる金言だ

今では私にもわかる。
衣食住におけるささやかな心地よさ
それが「幸せ」の本質ではないだろうか。
希代のショーマンA.Sがかつてこう歌った。
「♪〜幸せって何だっけ、何だっけ、ポン酢しょうゆのあるうちさ〜♪」

人間どんなに物欲がなかろうと、身の周りのものに無頓着であろうとも、日々生きていく中で半ば習慣化したものが必ずあり、
こいつだけはほかのものには代えられないというものがある。
少し前の時代であればそいつらをすべて手に入れることは大変な労力だった。
わたしのお気に入りのいくつかは渡航した際大量に入手するか
日本にて専門商社の扱うものを高く買うしかなかった。
マスコミに取り上げられるまでは、その真価が一般に認知されることは少なく、
広く流布し、一般大衆のレベルに落ちてきたものだけが
スーパーや小売店にディスプレイされ、
やっと安く簡単に手に入れることができるといった状況だった。

その点現代は商品の選び方一つとっても違う。
かつて趣味の者が探し出し、独占していたイイものについても
簡単に情報を得ることができ、それが自宅にいながら購入できてしまう。
これは流通構造のみならず、人の消費形態、暮らし方、の変革をも含有したものなのだ。
そしてそこから意識的な変革も進んできている。
ヴァーチャル世界が人に与える影響は、今ではこれなくして語れないほどになっている。

人の体組成を見ると多くの部分は水が支配していることがわかる。
飲みすぎは肥満を招くという誤解も一部にはあるが、これは誤りだ。
むしろ多く摂取することで循環系を正常に保つ働きがある。

私は常にその質について考えてきた。
アルカリイオン水などといって2リットル105円などで売っているが、
その水自体の力量ははなはだ疑問だ。
特にそのミネラル含有量にこだわり、いい成分を多量に摂取できるものを探し出した。

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コントレックス

運動などするのであれば、
硬質と呼ばれるミネラルウォータが理想的です。そのなかでもミネラル含有率が飛びぬけて高く、運動後の発汗により失われるミネラル分を効率的に補給できます。
代謝に対する有効性も注目され”ダイエット飲料”としても脚光を浴びる話題のミネラルウォーターが破格の値段で、自宅に届いてしまう。
いい時代になったものです。
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2007年05月25日

紫陽花

裏庭に植えてある紫陽花が咲き始めました。
何度も言っていることですが、
ワタクシ、紫陽花という植物が非常に好きです。
冬には、生きているんだか死んでいるんだかわからない様相を呈していますが、
この時期一気に開花し、それも周りの植物を圧倒するくらい絢爛豪華な賑わいを見せ、
今が我が世の春とばかり、舞台の主役を演じるがごとく刻々と花の色を変えてゆきます。
雨滴を湛えたそのしっとりした花が味わい深いのはもちろん、
花の落ちた後、一気に表舞台から引いていく。
そういう潔さにも心ひかれます。
我が家の奴も、
冬には褐色の茎が十本ばかり伸びていたものを、
明らかに枯れていると思われる数本の枝を剪定したところ、
たちまちのうちに勢いを盛り返し、
今ではうるさいくらい繁茂しています。

ここ西湘地区では紫陽花を自治体の呼び物・名物としているところがあります。
水の流れる町、「開成」です。
昨年、市中心部からサイクリング道路を北進し、
偶然この町で休憩中、祭りの存在を知りました。
odawara_bike_01.jpg odawara_bike_02.jpg odawara_bike_04.jpg

田んぼの間の農道に植栽された紫陽花は調和を保っており
絵的に素晴らしいものです。

第20回開成あじさい祭り
6月9日から17日まで
期間中の夜19:00〜21:00まであじさいがライトアップされます。
posted by renn at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

裏道をゆく〜江ノ島道

東海道・藤沢宿跡から約1里を隔て江ノ島があります。
江戸時代には江ノ島弁財天信仰が各地に広まり、多くの庶民がお参りに訪れたそうです。
現在「江ノ島道」があった辺りを通る県道304号線は
狭く、路面が悪く、なおかつ車の走行量は多いという、
例によって自転車走行に適さない、かなりストレスを感じる道になっています。
いつも藤沢→江ノ島を目指す際、手広交差点から、腰越駅まで裏道を通ってゆきます。

uramiti_kosigoe.jpg uramiti_kosigoe (1).JPG uramiti_kosigoe (8).JPG
(古民家「なるせ」(割烹料理) :付近の長屋門 :腰越・津近辺)

写真右の辺り、大きな木が用水路沿いに並んでいる地点がありました。
通常公園や街路などで見かける、植栽された「ヤマモモ」の大きさをはるかに越える、このたたずまいにナニモノカを感じ、
この先に何かがあるに違いないという思いがわきあがり、衝かれたようにこの坂をのぼりました。

uramiti_kosigoe (4).JPGその道突き当りには、広町・谷ヶ家城址ハイキングコースの入り口がありました。
(鎌倉山、極楽寺辺りを通り、大仏まで至るコースもあります。)
これは思いがけないすばらしい発見でした。


「裏道を歩む」という姿勢は
時に偉大なる発見をもたらしてくれます。
表舞台(県道)を通行するだけでは決して出会えないものです。
posted by renn at 16:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月30日

花見のはしご2006〜名所を巡り県央を縦断

最近、「酔狂なる自転車行」から遠ざかっていました。
どうせアソビなんだから、効率を求めたり、理由付けをしたりするのは止めにしたほうがいい、「とりあえずイッちまえ」という思い切りの良さがありませんでした。

昨年の花の季節、「水辺一筆書き」などと銘打って満開の桜を巡ったものです。
それは4月10日のことでした。
昨年に比すと、今年は開花も早いようです。
今、8分咲きのようですが
この勢いでゆくと今週末にはどこも満開となり
そしてあの狂騒が生まれるのでしょう。

実はこの”イマ”こそが「花見のはしご」にはベストな時ではないのか・・・。
そう思うといても立ってもいられなくなりました。
本日たまたま仕事に余裕があり、
また日和もよかったので、出かけてきました。

足跡概要:
辻堂引地川北進→境川相鉄辺り・桜のトンネル桜ヶ丘(国道467号線)→大和千本桜泉の森→座間・相模が丘桜並木→座間・東原桜並木→綾瀬・光綾公園綾西緑地→海老名市・河原口(相模川沿い)→相模川右岸・戸田渡し近辺→寒川神社表参道など。
撮った写真43枚。走行距離94kmでした。

事前にあまり深く考えず「とりあえず神奈川県の真ん中辺りでも・・・」
そういう風に北進しました。
その結果、今日の行程をまとめるにふさわしいタイトルは
桜の名所を巡り、県央を縦断」という風なものになりました。

hanami_tujido_03.jpg hanami_hikitigawa_02.jpg hanami_sakaigawa (4).jpg
左:近隣の公園 中:引地川 右:境川湘南台近辺、桜のトンネル

個々の場所はいいものです。
桜という主役を見せるやり方も(おそらく意図しないものでしょうが)
いろいろなパターンがあるということもわかりました。
しかし、その点をつなぐ「線」、
県央部の幹線道路の不毛さにはホンと、まいりました。
(狭くキズだらけの道、通行する大きな車、違法駐車の群れ、逆走するママチャリ軍団、排気ガスにまみれ、煤だらけの雑木林に隣接している産廃業者、大規模な病院と老人介護施設の連なり・・・ETC )

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左:大和市千本桜 中:座間市東原 右:海老名市河畔公園

今日一日流していて
「自然が豊かなところには桜は少ない」
そういう事実に気づきました。
実際自然のなかで自生しているものは少ないようです。
もともと人がめでるために植えたもので、
公園・寺社・学校・工場・街路樹など
人間の産業活動に寄り添い、生かされているかのようです。

その花は絢爛を極める美しさと、圧倒的な量で人の気持ちを大きく揺さぶりはしますが、
見る者の気持ちを和やかにし、自然に還る喜びを呼び起こす、という感じではありません。
人はその足元に集い、めで、食い、飲み、浮かれ騒ぐ、
「花見」というのは結局、ある種のお祭りなのです。

一日中桜ばかり見ていました。
もうカンベン・・・という、うんざりした気持ちもあります。
帰宅途中で見た生垣のレッド・ロビンさえ、美しく新鮮に感じられました。
posted by renn at 20:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

散策する人

欧州を放浪していた頃、コートダジュールへも立ち寄りました。
ニースで「シャガール美術館」だけ見てしまうと、その後自身の居場所がないことに気づきました。
所詮、フレンチ・リビエラなど貧乏学生の立ち寄る場所ではありません。
結局カフェにもレストランにも行かず、まだ陽の高い晩は港を散策していました。
そこですれ違った多くの中年男子。
無聊を慰めつつ歩んでいるその姿、
その密度の高さに常ならぬ感慨を覚えたものです。

私、今なら解ります。
仕事やら家庭やら、意図せずとも自らがつくってしまった檻の中で生きていると、心の中で何らかの中和作用を求めざるを得ない状況がやってきます。
人によりそれが「色」であったり「酩酊」であったり、「打つこと」であったりもします。
自身を包む周りの世界を無為に歩く事、
それは一番おとなしいカタチですが、
自身に還って行ける時間をつくり出すという意味で、効果的なカタルシスとなります。

散策中、あるイメージを想起することは多いものです。
ふと見た路傍の花、その色、姿形、匂いなどから
記憶の中のある情景が浮かび上がることがあります。
何故この時、この場所の情景に呼び起こされたのか、
自身に潜在していたものを掘り起こすこと、
それがどういうものであるのか、突き止めることは楽しいことです。

tetugakudou.jpgtetugakudou (2).JPGtetugakudou (1).JPG

東京都中野区。
「哲学堂」という場所があります。
なにやら思想界の”ある学派”の本拠であるような名前ですが、その実態は単なる公園です。(詳細はリンクを参照)
何も感じない人には多くのレゲエが屯する、東京都の幾多の公園と、何も変わるところのないもののようです。
しかし、ここ・・・非常に興味深いところです。
歩くことが思索を促す、「散策」の醍醐味が味わえるところです。

初春、淡い陽の差す静かな平日、天上界へと至る階段にて歩を進めているとき、ある記憶がよみがえりました。

philosophersweg_02.JPG philosophersweg.JPG

「哲学者の道」〜ハイデルベルグ
少し肌寒さも感じる風が吹く日、ゲーテも歩んだという地面を踏みしめ、思索することの尊さを思い、眼下のネッカー川を望み、”変わらない良きもの”とは何なのか、翻ってわが国の現状、高度資本主義の発展とともに押しつぶされそうになっている旧来の思想について、
そしてそんな現状になんら対抗できない現代思想についても考えたものです。
posted by renn at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月04日

裏道を行く

裏道が好きです。
と言ってもワタクシ、すべての物事の”裏”がスキ・・・♥
という趣味の者ではないし、
いつも”ワイルドサイドを歩け”などとルーリード的、
退廃の世界をさまよっているわけでもありません。

私の所有する、購入価格10万円アンダーな、本格的とは言い難いMTBなどを駆っていると、
時速30キロ超で爆走・巡航しようというよりも、
むしろポタリング的な乗り方に力点は移っていきます。
幹線・国道の車道を爆走するというより、
車の通らない細い裏道をあゆんでいきたくなります。
そこで、またしても極私的シリーズを設けてしまいました。

「裏道を行く」
急がず、あわてず、時に止まり、路傍の花をめでたりもする。
それは非生産的なものの極みであるかもしれません。
しかしファーストフードの隆盛に対し、スローフードの尊さが謳われはじめたように、
ロードレーサーの走行至上主義に対するアンチテーゼとして、ポタリングの精神があるのではないでしょうか。
そこには、経済効率を最優先に考える現代高度資本主義に代わる、
次世代の思想を含んでいるように思われます。

たとえば大磯(神奈川県
日本国の経済を支える大動脈・国道一号線沿いには、歴史的にも価値のある、外面(そとづら)のいい、見栄えのする史跡があります。
古の景色を残す東海道松並木、旧吉田邸、鴫立庵などです。
しかし、国道をたどっているだけでは、決して出会えない趣のある景色もあります。

化粧坂(けわいざか)
kewaizaka.jpg
何故このようなところが残っているのか・・・。
破壊こそ先進という妄想に支配されたこの国で、
これほどまで昔の街道の雰囲気が感じられるところも稀有なものです。
旧東海道の中心であった場所らしいのですが、
行きかう旅人がそのふもとで休んだであろう榎の大木(らしきもの)が今でも残っています。


◆島崎藤村邸
tousonntei.jpg駅の南側、線路沿いを通行中、車の進入も不可能な小路に紛れ込み、偶然たどり着いたのがここでした。
平日の昼間であったので訪れる者もほとんどなく、たまたま庭先で掃除をしていた、ここを管理する方に出会い、小一時間談話する機会を得ました。
品のいい老婦人は非常に博識で、お話をうかがっていると、文豪のその当時の暮らしぶりまで眼前によみがえってくるかのようです。
大磯・歴史の権威(「生き字引」という言葉が一番当てはまるのですが、どうもこの言葉が好きではないのです。)ともいえるかたです。
posted by renn at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする