春先のこの気候は「三寒四温」という言葉でもあらわされます。
もとよりこういう不安定さが、来たるべく本当の春への序曲なのでしょう。
しかしこのところ、晴れた日には等しく春一番のような強風が吹き荒れるのが習いになっています。
日本の春ってこんなに荒れるものだったのでしょうか。
海岸のサイクリング道路へ散策に出ました。
陽光がアスファルトに照り、少しばかりの暑さも感じていました。
その蒸した感じを断ち切ろうと海に一歩近寄り、今年初めて砂浜を歩きました。
砂上を歩いていると、南から吹き付ける風は肌を撫で、少しばかりひんやりとした心地よさをもたらしてくれます。
いつも見下ろしている海面、そこに浮かぶ多くのサーファーと同じ目線で海を眺め、久しぶりに覚えた躍動感がありました。
”浜須賀”からまっすぐ斜めに行程をとり、
自宅へとってかえす途上にその家がありました。
一年ほど前、大規模な改築工事を行い、
平屋・庭付きから、二階建て・周囲コンクリート固め・駐車場付へと
華麗な転身を遂げた家屋です。
かつて繁茂する植え込みの木を縫うように縦横無尽に駆け回り、
私が近づくたび吠えかかってきた”馬鹿犬”がいたのですが、
家屋の改修と時を同じくして、病でも蒙ったのか、
急激な体力的な衰えとともに、気弱になり
私の挑発にものってこず、さびしく尻尾を振って歩み寄ってくるようになっていました。
今日、久しぶりにこの道に踏み込み、頭のひとつでもなでてやろうと件の家に近寄ると、
いつものように駐車場の前面で寝転び、日を浴びている奴の姿はありませんでした。
玄関脇の犬小屋の前面に木蓮の一輪挿しが置かれていました。
(この家の庭に咲いている白木蓮からとったものでしょうか)
えさ箱・水桶は、奴が包まっていた毛布とともに、犬小屋の中にきちんとしまわれ、そして小屋の屋根には模造紙の貼り紙がありました。
「4月3日(月)・・・は天国へ旅立ちました。
いつも吠えたてた郵便局の人、宅配便の人すみませんでした。
遊ぶだけ遊んで、吠えるだけ吠え、
そして食べるだけ食べて逝った・・・は幸せでした。
もしよければ皆さんも・・・の冥福を祈ってください。」
「木蓮の涙」


これからこの歌を聴くと
私もこの犬のことを思い出しそうです。
コメントありがとうございます。
「木蓮の涙」
最近ニッカのCMでよく流れていますが
この新しいバージョンも、より情感があふれているようで
イイですね。
ところであの”犬”なのですが、後日譚があります。
本日件の家の前を通りかかったとき、注意して見てみると
犬小屋は取り払われ、玄関脇の門柱には新たに以下の告知がありました。
「犬を離しています。ご注意ください。」
自転車を停め、しばらく様子をうかがっていると
小さな塊が門塀の格子の所まで勢いよくやってきて、
こちらに向かって盛んに尻尾を振り、媚を売ってきます。
なんともかわいい「ウィルキッシュ・コーギー」の子犬でした。
(先の犬は「雑種」それも柴犬とスピッツが混ざったかのような
もっさりとした奴だったのですが、今度は血統書付純血種になりました。)
このサバサバとした変わり身の早さには、あっけにとられましたが、
しかしこういう姿勢も、「イイのかもしれない」と思えます。
逝ってしまったという事実をいつまでも悲しんでいてもしょうがない。
そこには明るさを伴った、先へ進む意思があるように思えます。
犬飼のベテラン?など、そんなものなのかも・・・
と思った次第です。
でもそのコーギーちゃんもきっと
その家で幸せに一生を送るのでしょうね。