2008年07月19日

ニューヨークサイクリング始動編

まずはチャイナタウンをぬけ、ウィリアムズバーグ橋を渡りブルックリンへ至るという行程を進みました。

川に架けられた橋を渡る。
ここニューヨークではそれが一番のアトラクションかもしれません。
しかし・・・ブルックリンブリッジ、マンハンタンブリッジを渡るのとは異なり、この橋は観光客のためのものではないということが解りました。
渡り終えてすぐ、その先には何ら案内掲示もなく、うち捨てられたように感じます。
湾岸の港湾・倉庫エリアにいきなり置いてきぼりを食らう感じです。

picture 014.jpgpicture 016.jpg

自分としては初めて自転車を駆って、イーストリバーを渡り、マンハッタンからブルックリンへと至るという、ある種の冒険的意義があるのですが、今日遭遇した自転車に乗る人、走っている人、この都市で暮らしている人にとっては、それが単に日常的で、何の興奮もないものに過ぎないのです。
実際橋を渡り終えて、それからブルックリン中心部へと至るまでにはかなりの道のりがありそこにStrngerを喜ばす何らの趣向もありません。
実はあるインターセクションで東西を間違えてしまい、とても「ヤバーな地区」へ踏み込んでしまいました。
周りの人々の視線に強い負の色が漂い、ただ単にここに自転車で踏み込んだ人間に対する必要以上の注視、ねっとりとした重い視線を注いできました。
公団住宅状の地域、そこの公園では若者達がたむろしており、自転車を引きつつ歩む我に、言葉をかけてきます。
「道に迷ったのか・・・」
「何しにきたんだ」
「案内してやるよ・・・」
そう問うてくる奴らは明らかに目の色がヤバーであり、焦点が定まっていないようです。
敵意に満ちた、屈強なアフリカン・アメリカンの群れに遭遇し、
久しぶりに背筋にぞくっとする寒気を感じた瞬間でした。
posted by renn at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月18日

”うしくん”との出会い

相模縦貫道
今大々的に工事が進められています。
相模川の岸辺、海老名や厚木あたりはその巨大なコンクリート建造物が屹立し、
川辺の景観を大きく変えつつあります。

縦貫道に接続すべく敷設された国道20号線はすでに県央地区をとおり
幾多の起伏を迂回することもなく、すべてを横断するようにまっすぐに伸びています。
その道の中程、藤沢市でも内陸部、陸の孤島と呼んで差し支えない柄原地区辺りの道ばたは、まだまだ開発が追いつかず、あるいは開発していこうという思想さえ存在しないのか、ぴかぴかの道の傍らで旧来の状態で打ち捨てられた風景に遭遇することが多くあります。

昼下がり、人など誰も通らない嘘くさいばかりにこぎれいで整った歩道のすぐ脇に、簡単な囲いに覆われただけの広さ20平米ほどの牧草地があり、そこに”うし”が3匹、放し飼いにされていました。
急峻な坂の傍らにあり、自転車で漕いでくるならばその運動の完結地点でもあり、ここら辺で一服でも・・・といきたいところです。
そう云う意味では行程上重要地点でもあるのです。

私、(あるいは皆そうなのかもしれませんが)”うし”については知るところが少なく、接してみようにもその気分・状態をつかみかねると言うか、
しっぽを振って歩み寄って来る犬のように解りやすい心理状態を示す図式がありません。

いつぞや・・・
他の農家にトラクターを貸与した際、そこでピックアップしクリーンアップして自圃場へ向かうという局面がありました。
納屋にしまわれていたトラクターを堆肥集積所の近くの空き地に移し、作業を行いましたが、そのすぐ隣には幾頭もの”うしくん”がつながれている場所がありました。
一番近くにつながれていたひときわ体格のいい奴は「ブルブル」やら「ゲプッ(げっぷの音)」やら絶えず何かしら音を立て、せわしなく動き回り、落ち着きがありません。
目つきも妙に挑戦的です。
そう云う目立つ行為に出なければこちらも完全に無視してかかったに違いないのですが、「こ奴・・・何かしでかすかも・・・」
そう云う疑念を私に抱かせてしまったので、仕事を続けつつ常に横目でにらんでいました。
そのわたしの目線は彼にとって非常なストレスになっていたようです。

作業も一段落し、帰り際、私の博愛精神の発露。
こういう抵抗勢力とも心通わせておこうか・・・といらぬ優しさを発揮したのですが、
こ奴、とことん小心者だったようで、私の差し出した藁片に必要以上におびえ、突然激しい脱糞と放尿という攻撃に出ました。
少なからずその却りしぶきを浴び、愛情を誤解され、やり場のない気持ちを抑える術もなく、こ奴に対し思いっきり”けり”を入れる暴力行為へと発展してしまいました。

ushikunn.jpgさて今回の”うしくん”・・・白目をむいて近寄ってきます。
あるいはいきなりの攻撃に来るのでしょうか。
そう思ったのもつかの間、
素晴らしい質感を伴った牛タンを惜しげもなくのばし、頭を低く下げお辞儀をするがごとく媚を売ってきます。
試みに近くにあった雑草を一輪摘み取り、彼に差し出すとその舌をぐるりと回し、よだれを垂らしつつ、鼻面を大きくこちらに向け、我にすがってきます。
なんか・・・非常に
「かわいい」のです。
一番積極的な奴は、他1頭が前面に出て我の手から草を得ようという状況になると、
そこに野生の猛々しさが出るようで、激しくそいつを攻撃して自分だけがぶつを得ようとしゃかりきになっています。この仲間同士の格闘には少し恐怖を覚えましたが、私に面を向けるとまたお辞儀をするのです。

さて先日、
今度は藁片を密かに用意し、彼らに会いに行きました。
ところが・・・
その牧草地自体が掘られ均され、住宅用分譲地になっていました。

”うしくん”たち・・・(将来的にそうなる運命だったとはいえ)
売られちまったんでしょうか。

またお気に入りの場所がひとつ失われてしまいました。



posted by renn at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

早稲田詣で

ちょっとした取材の必要があり、田舎町から2時間をかけて都心部へと行って参りました。
昼時、明治神宮辺りにいたので、先日開通した「副都心線」を使い「西早稲田」詣でをしてきました。
実は私・・・我が母校?を訪れるのは25年ぶりなのです。
いつでもそこにあり、無事であり健在であり、変わらないものだと思ってたのでことさら大仰に「訪問する」という行為に至らなかったのかもしれません。
過去を振り返るということをせずに今まで過ごし、
ようやく人生の折り返し地点を過ぎ、振り返ることを始めたということなのかもしれません。

しかし”世に変わらないものはない”その箴言のとおり
本年創立125周年を迎えるにあたり、歴史を重んじるべき学舎であっても大々的な改修工事に着手してしまっているようで、それにより、幾多の懐かしい風景は失われてしまったようです。

私にとっての懐かしの風景、今回感慨深かった点としては:
・2002年。学び舎8号館の取り壊しが敢行されたようです。その跡に建った高層建造物の不毛さを見、寂寞の思いを押さえることができませんでした。
・サークル活動の拠点であった、学生会館がやはり改修工事に入ったようです。
・安価ではあったが、非常に危うい味付けで皆を恐怖に陥れていた文学部奥の生協食堂が、華麗なる変身を遂げ、世間一般のキャフェテリアに成り下がっていたこと。その分個性も失われてしまったこと。(特にカレーが安かったのですが、本日、「カレー(小)220円」を食してみると・・・単なる業務用カレーの味でした。これはどこでも食せる味なのです。かつての生協食堂のカレーの独立独歩を行く、個性的であり、負の方向に突出したその味はかなり際だっていましたから・・・。)

今日昼過ぎ、正門近くで取材カメラのただならぬ集中があり、少し待ってみていると
やっていました。(リンク先はMSNニュース)

今では私自身あるいは多くのOBが単純な形でこの大学につながっている、心を寄せることができると自覚できるのが、スポーツのイベント、対外試合を通してという形なのです。
毎年年初に「箱根駅伝」や「ラグビー日本選手権」放映画面にかぶりついてしまう我がいます。

さて・・・昼飯は何か新しいものを・・・
そう思い界隈を物色しました。
「Ryomaのトマトつけめん」
その”アド街”の放送は私も見たのですが、
番組の模様が写真とともに紹介され、店外の看板に配されています。
その効果でしょうか、店内のベンチ状の待ち席に多くの若い女子が溜まっているほどの盛況ぶりです。
その列に加わるのはかなり勇気のいること?に思えたので、潔く断念し、無難に「メルシー」で食しました。
情報に敏感で、それに同調したいという心理を有する典型的な生物が彼女たちです。
流行に同調するという行為は単にうまいものを堪能するという欲求より、さらなる満足をあたえてくれることもあります。
そういう味わい方は、舌を満たし、官能におぼれたいという邪心を持っている中年男子よりはまだましなのかもしれません。(我々にとっての官能とは色か味かなのですから・・・)
posted by renn at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

日栄楼@小田原

小田原駅を南下する道沿い。
道の拡張整備とともにたとえ歴史のある飲食店であってもその外観を整えつつあるのに、(中川さんなど)
この辺りだけは昭和の空間が息づいています。
少々あえぎつつではありますが・・・
SH530018.JPG
正午すこし前、店に入ると、いかにも”彼の国出身”という親父さんがテーブルに腰掛新聞を読んでいました。
店奥の4人掛けテーブルにつき入り口に背を向け、かがみ込んで食物を摂取している風体の怪しい人?もいます。(単なる個性的な客なのですが)
入り口から厨房まで10畳ほどのスペースが広がり、かなり年季の入ったテーブル・椅子が5組ほど配されています。(2階にも座敷があるようです。)
カウンター席などといった”しゃれた”ものはなく、混んでくると相席を余儀なくされます。
先に記事にした横浜・翠葉とどことなく内部の雰囲気が似ていますが
それよりも確実に一昔前といった情緒にあふれています。

日替わりランチは4種類あり、すべて600円です。
そのうちのイカと海老の黒豆煮込みを選びました。
正午になり混みつつある店内、
近隣のホワイトカラーの勤め人で次第に席は満たされてゆきます。
しばし店奥上方のテレビをぼんやりと眺めながら待ち、
まず出てきたのが小鉢にてんこ盛りのおしんことデザートの杏仁豆腐、
そして小さな洗面器大の浅い丼?に入った玉子コーンスープが登場しました。
つづいてライスと、メインがやってきました。
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先日この店の扉の前に立ち、入ろうかどうか逡巡しつつ中をのぞくと
店員さんが客席に着きくつろいでいました。
開店時間を少し過ぎたころです。
こういう店ってどうも悪い印象しかもてなかったので、その日は敬遠しました。
しかし今日意を決し踏み込んでみて、ある意味予想を覆された軽い驚愕を覚えていました。
それは量や接客になんとも親しいものを感じたせいです。
そしてメイン料理に箸をつけ、その驚愕は感嘆に変わりました。

鄙びた地方都市とはいえ、外食に費やすゼニは神奈川都心部に比べ多いものです。
低級なものに多くを支払っているという不満。それはこの地で食す際いつもつきまとっていました。
しかしこいつ・・・
これが・・・
600円!!!
久しぶりに掘り当てた鉱脈のようなものでしょうか。
唐辛子、ブラックビーン、そして少量のしょうが。
それが融和し、いか・海老・ホタテの魚介に絡まっています。
野菜はセロリが印象的です。
”生”と”ほんの少し火が通っている”その危ういまでの敷居を華麗にまたぐ中華の匠の技を見た思いです。
手放しの絶賛は、この空間の妙な心地よさにより助長されているようです。
たまたま放映されていた「亀田ネタ」に店の客が同調し感想を漏らすと、
配膳のオババも一緒にテレビを見入っていたのか、すぐに世間話が始まります。
たとえ北関東の地方都市へ行ったとしても容易に遭遇し得ない、田舎の食堂の和みがここには漂っています。

PS.以上この店を訪れた初回の記事でしたが、実はこの店突っ込みどころ満載なのだということがその後何度も訪れてみて分かりました。
(できの悪い子ほどかわいい)そう云う言い方もあります。
つづく・・・

2008年07月15日

ニューヨークサイクリング準備編

7月はじめ、仕事のためアメリカ東南部に赴き、視察などをしてきました。
日本に帰る際、ニューヨークに立ち寄り、5日ほど滞在しました。
今回は「自転車を借り、マンハッタンおよびその周辺を流してみる」という趣旨で過ごしました。
アメリカでは過去、サンフランシスコ、ハワイ・オアフにてレンタル自転車で流してきた経験がありました。
しかし・・・魔都紐育で異国人が走れるのか・・・。
(かつて北京でレンタル自転車を駆って走行した際、苦渋をねめた経験もあるので少々の不安はありました。)
しかしそれも杞憂でした。
北京は別としても、東京で車の群れと日々戦っているものならば別段何の問題もない、むしろサイクリストには優しい町なのだと分かりまた。

まずは自転車の調達です。
観光地には大々的に営業しているレンタル自転車屋があります。
サウスストリートシーポート(Pier17)、コロンバスサークルなどで見かけましたが少々値段が高いように思われます。
今回、滞在したアパートメントホテルに電話帳が備えてあったので、着くなりそれをめくってみて滞在地から一番近い自転車屋、なおかつレンタルもしているところをピックアップし、その日のうちに向かいました。

かつてサンフランシスコで自転車を借りたときは、フィッシャーマンズワーフの観光自転車屋?にお世話になったのですが、そのときはヘルメット、盗難防止用チェーンなど無料で貸してくれ、しかも初めて自転車にまたがったとき、係のおねいさんが
「は〜い・・一週まわってみてぇ〜・・・
アメリカで自転車に乗るのは初めてぇ?
日本とはブレーキの前後が逆だから気をつけてね・・・
は〜い、じゃー笑ってぇ〜・・・
カシャッ(シャッター音)」
いろいろ細やかに対応してくれ、おまけに馬鹿面さげて写真までとられちまって←(買いませんでしたが)
そのアメリカらしからぬ接客に苦笑さえ覚えたのですが、
今回はホンと何にもありませんでした。
お店の中のカウンターで名前・住所(宿泊先)クレジットカードの番号だけ記入すると店の親父は「後は若いモンがおまえの自転車を選ぶから」と言って他の客の方へ行ってしまいました。
店外で”若いモン”に自転車を選んでもらうのですが、
こいつも非常に寡黙で、「これはどうだ・・・」
と言ってだしてきた自転車だけ私にもたれかけさせると、
すぐに店内に行こうとします。
その自転車・・・ハンドル高が可変式の変なクロスバイクで、使われている部品もよく分からないものばかりだったので、いろいろゴネて在庫を全部確認し自分で選びました。
前輪のエアーが少し緩かったので、めんどくさがる若いモンの尻をたたいて入れさせました。
rentalbike.jpg
借りたものはこんな奴です。
想定していた条件としては、
・フレームサイズが大きすぎないこと(アメリカで借りる場合大きいものばかりということが多い)
・タイヤは細すぎない。(自転車専用道があるとはいえ、普通の道は日本以上に路面が悪い)パンクを直している暇はないから・・・。
・少なくとも前2枚、後ろ8枚。
・ハンドルはフラットバー。
・変速機はコラムではなくラピッドファイア形式
と言うことでこいつをレンタルしました。
格好は悪いですが、タイヤがブロックではないので、こぎは軽かったです。
ちなみに24時間計算で一日30ドルです。
借りた店は名前を失念しましたが、17stの3rdとLexingtonの間です。
この店からスタートし、まずはウィリアムズバーグ橋を目指します。
posted by renn at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする