2005年02月26日

食うためにはしるその八〜ラーメン小田原系

食うためにはしるリベンジ「小田原系」。
Webでの天気予報サイトに晴れマークを見とめ、
気を強くして、11時少し前、勇んで家をあとにしました。

先週食うことのかなわなかったラーメン「小田原系」を求め、はしります。
今日のコンセプトは「とりあえず食う、帰りはまったり観光気分で」
こんな感じです。

家を出たときは快とはいえないまでも、晴れてはいました。
こんな状況で、誰がこのあとの凄惨な自転車行を予想しうるでしょうか。
まさに天誅。空をつかさどる君子も例外なく豹変するようです。

はしり始め、いつものサイクリングロードに出るも
先の春一番の爪あとがここに残っていました。
近頃ではまれにみる標高のある砂山です。

sunayama.JPG<

行く手を阻まれ、何らかの兆候を読み取るべきでした。

南の方は明るいものの、これから向かおうとする西の空一帯に
不穏な空気を感じました。はしり続け酒匂川を渡る頃、
前方に白い結晶が漂い舞うのを捉えました。
はじめは遠慮がちにまばらであったものが、そのうちうるさいくらいひっきりなしに
頬を打ち始めます。
これは紛れもない降雪でした。

12時30分頃店にたどり着きました。
この系統の中で一番の評判を得ている
「しらとり」です。

siratori (1).JPG

ワンタンメン800円をたのみました。
店に入ると瞬間鼻を突くある種のにおいがあります。
それは豚系の臭みです。
家族連れや、働く者ども、ふらりとやってくる一人の客
そんな雑多な人々がひっきりなしに出たり入ったりして
常に満席状態を維持しています。
人気の高さが伺えます。

厨房を囲うようにカウンター席が配され、その先のフロアテーブル席や座敷があるのですが、
厨房の出入り口のところに座ったならば、店のおばちゃんと娘さんが絶えず背後を行き交うことになります。
私が店に足を踏み入れた際、この席にはかつて人の座っていた兆候が認められず、
いわゆるデッドスペースのようなもの、旅館の隠し部屋のような類のものかと思いました。
店のオペレーション上、客のいないときには席として常設していないような部分だと思いました。
私この席を指定され座るや否や、奥の座敷の団体が退場するところだったので、
食器を下げる娘さんが何度も私のいすの背にぶつかりその度ごと失礼しますと声をかけていました。
いすを極限まで引き、直立したまま座っていましたが、ここに座るのも店にとっては迷惑に違いないと思い、労働者二人連れが食い終え、開いた奥のカウンター席へ移動しました。
もちろんオーダーを通したおばちゃんに直接断りをいれてのことです。
そのとき私と一緒に入場し、私の背後のテーブル席に相席状態で腰掛けていたおっちゃんも私の隣に移動しました。かれは店側になんの断りもなしにでしたが・・・
かなりの時間を経過し娘さんが私の前に「らーめん」なるものを運んできました。
「ワンタンメン」をたのんだんですけど・・・答えると
「それは、私のだ・・。」隣のおっちゃんが言いました。
次に娘さん、何の迷いもなしに私がかつて座っていた場所、
今まさにこの店に入ってきたばかりの小太りめがねおやじの前に歩み寄り
「ワンタンメンで〜す」といいつつどんぶりを置きました。
やっちまいました。
またか・・・そのときいやな予感が漂いました。
再びかなり待ちましたが、どれだけ待とうが食えただけ善しとしましょう。
先週は某所にて食えなかったことがありました。(近々詳細UP予定)

ワンタンメンです。

siratori.JPG

チャーシューはスープの中に隠れていますが、
部位の違うものが2枚入っていました。
肩ロース部位のそれも角部分だったので、かなりの硬さとパサパサ感がありました。
そしてバラ系は脂身がかなり多いものでした。
味は極力押さえられたものでチャーシュ自体のうまみが感じられません。
スープについてはまさに小田原系そのもの
鶏がら、豚骨、強めの醤油ダレです。
麺は平打ち縮れ麺です。時間の経過とともにやわらかくなってしまいます。
ワンタンはかなり味の強いものです。
スープの濃い醤油ダレよりもさらに強い味付けがされています。
これが5個入っていました。型崩れもなくボリュームのあるしっかりとしたものです。

店をでて外観の写真を撮っているとき、そのときも絶えず雪は降り注いでいたのですが、
こんな辺鄙なところまでやってきて、ラーメンを食っているなんて
俺の行為も酔狂の沙汰だな・・・そんな思いがわきあがってしまいました。

うまいものを食うためには労力を惜しまないつもりです。
そこでうまいものにめぐり会えれば、すべての苦しみ、すべてのマイナス要素は昇華するのです。
しかし今日は・・・

いまでは指先は凍り、寒気が全身を駆け巡り、ひっきりなしにくしゃみが襲い・・・
小田原やその近辺でいろいろ観たいところはあったのですが、もう観光どころではありません。気温は一桁、それも四捨五入すれば零度になるくらい下がっていると思われます。
へたすりゃ雪に埋もれ、朽ちてしまうでしょう。
帰路は向かい風の中、顔面にモロに雪のつぶてを浴びながら
只管クランクをまわしました。

今日の走り
平均速度:21.9Km/h
最高速度:44.5Km/h
走行距離:69.53Km
走行時間;3時間10分28秒
うまさ ;う〜ん?

しら鳥
小田原市中曽根43
定休日:月曜
営業時間:11:30〜15:00・17:00〜20:00
ラーメン600円
ワンタンメン800円
チャーシューメン850円
チャーシューワンタンメン950円など
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2005年02月25日

不定期連載〜あなたをミステリにいざなうその三〜そろそろタイトルきめろや・・・

「・・・だな」
奴はもう一度たずねた。
「ちょっと聴きたい事があるんだが」 
さてどう返答しようものか、ほんの暫時であったと思ったが、
相手には充分長いものだったようだ。
この私の戸惑いは、相手には不敵さにうつったようだ。

「何もしゃべらないつもりだな。まぁそれもいいだろう。」
「野口・・・についてはしっているな」
断定的な言い方だった。
一度も面識はないがまったく知らないわけでもない、
厳密に返答するなら果たしてどう言えばいいのだろう。
「ある日駐車場に彼のかばんが落ちていて、それは今私が保管している。私には価値のないものなので、刑事さん引き取ってください」とでも言えばいいのだろうか。
またしても逡巡している私の返答を待たずに
奴は表情崩さず私を見据えるようにして続けた。

我々はある事件の重要参考人として野口を追っている。
その野口が懇意にしていた人物として真っ先にあがったのがお前だ。
端的に聞くが今野口はどこにいるんだ。

奴が野口某の居所を私から引き出そうとしているのだけではないことはわかる。
奴は私の事件に対する関与の可能性を探っているのだ。
何らかの物的証拠により私と野口・・は互いに知り合っているというのは、
奴らにとって既製事実のようだ。
だが私の記憶のどこを探っても、野口といえば福島出身の偉大な医者しか思い浮かばないのであるが・・・

陽は傾いてゆき部屋の窓から一筋の光を差し入れた。
それは儚いオレンジをまとってはいたが、頼りないほど淡いものだった。
我々といえば部屋の入り口で立ち尽くしたまま、互いに腹を探り合っている。
もっとも座ろうにもそのスペースはなかったのだが・・・

今では珍しい天然記念物的ともいえる角刈りに骨太な短躯。
頬にある傷もそうだが、その射るような瞳はカタギ者にないものを感じさせる。
暴力に染まっていることも感じさせるが、懐疑に凝り固まったようなまなざしでもある。
そのくせどっしり構えているのではない、
手のひらや両足を絶えずせわしなく動かしている。
案外小心者なのかもしれない・・・そんなことも思っていた。

奴はヤガミと名乗った。
もとよりお前から重要な事を聞けるとは思っていない。
しかしそのうち参考人としてお前を招集する準備はある。
そのときにはこんなふざけた態度は許されないはずだ。
奴はそういった。
私にしてみればふざけた態度をとっている自覚はなかった。
いつものように、私の外見やら態度が相手に相当な不快感を与えていたらしい。

駅に戻る途中この街の飲み屋のうちの一軒に吸い込まれた。
冬の早い夕昏であるが、まだ日も落ちぬ頃、こんな早くからほとんどの店は開いていた。

nogenomiya.JPG

客のいない狭い店内、だされたビールをなめながら通しに箸を通わせているうち、
店の者が話しかけてきた。
「今日も寒かったね」
一言だけ相槌を打つ。
そんな態度の人間に常連となる可能性を見出せなかったのか
あるいは早くもこのマにうんざりしてしまったのか。
おかみは早々に引き上げもう少し若い女が出てきた。
健康的な感じが強く漂う女だった。
暗い店内であっても、つややかな肌が場末のスナックには似つかわしくないようにも思える。
健康的という彼女の印象に何かの啓示を得て、
”・・・健康増進センター”というものを知っているかと、私はたずねてみた。

「あんたナニもんだい!」突然大声が響いた。店の奥からカウンターに歩み寄り、急に真顔になったおかみが叫んでいた。
アンタといわれるのも何年ぶりだろうか、
そして私は犬コロのように店を追い払われた。
揚げ物一品とビールをいただいただけだったが、代金も払わず、おかみに追い立てられるように店を出た。

家に至る道すがらぼんやりとした頭で考えた。
今は状況を見極めるときだ。
もとより警察などは恐れてはいなかった。
たぶんに理不尽さがあり、時に逸脱するにしても法に基づき彼らは行動している。
しかしあの部屋のものどもをあそこまで破壊したものは、
理屈抜きの力の発露だった。
個人の力に対するのであれば私とて、恐れるものはあまりない。
しかしあの部屋を蹂躙したものは、単純な暴力とだけでは片付けられるものではない。

すでに矢上に会い、問答を続けた後ではあるが、
私はこの一連の流れにはまったく関係ないことを示しておく必要もある。
それにはこの事件の端緒であるカバンを始末しなければならない。
面倒ではあるが、交番にでも届け、その詳細を語る必要がある。
ある日カバンを見つけ中をのぞき野口某のものであると知る。
落し物として届けようとしたが、このところ忙しくかないませんでした。
今日持ってきたしだいです。など・・・

そんなことを考えつつ、家のドアを開けた。
玄関脇の居間の入り口、ポストから拾い出したラビッシュをそのまま放り込むカートンボックスがおいてある、そこに立てかけたはずであった。
しかしそこにあるはずのカバンを認めることはできなかった。
廊下の奥、道路側に設けられた浴室の小窓は分厚いガラスのノブの部分だけ切り取られ
そこから冷たい風が吹き込んでいた。

それは巧妙な仕事だった。〜続く

その一
その二
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2005年02月24日

梅香亭

その年初めて吹くある一定の風速を越える、強い南よりの風を「春一番」といいます。
関東地方で、今日はそれが吹き荒れました。
このような定義ですから、春が来たと単純に言うことができるわけではなく、
これからは時折「もしかして春が近いのかも・・・」と思わせる陽気が時折訪れるといったくらいなものです。
梅も今が見ごろです。春に花を咲かせるイメージがありますが、実際は気候の上でも
冬の終わりごろのことです。
今日は春一番と梅の花に啓示を得て、昼食時、少し遠出してみました。

関内へ向かいました。
風は一律に南からというわけではなく、終始方向を変え回っていました。
時に歩けないくらい前方から吹き付けたかと思えば、すぐに背中を押すように追い立てられます。

一時間という限られた中で、往復を歩き、オーダーし、食ってこなければなりません。
条件は厳しいのですが、相生町「梅香亭」にあえてチャレンジしてきました。

背の高い扉を開くとちょうど食べ終え、店をあとにする勤め人と鉢合わせしました。
その食い散らかした器や、吸殻を押しつぶした灰皿が散乱する店内手前のテーブルに、席を取ることができました。
この店一番の人気メニュー、ハヤシライス850円をたのみ、しばし待ちました。

baikohayasi.JPG

このハヤシ、なんとも不思議な味です。
醤油と味醂が隠し味との事ですが、
甘みを強く感じ、食い進むうちに”しつこい”というほどになってきます。
またウスターソースの風味もかなり漂います。
米はつやつやしていておいしいのですが、盛り方に美的なものが感じられません。
(ところどころ角を持った砂山のようです。)

一番いただけないのは、この豚バラです。
ハヤシのルーとともに煮込んだものでないのは明らかです。
バーグのスタミナにうりふたつです。
バーグのようなBグルの雄が供するなら話は別ですが、
老舗洋食店を看板として掲げるみせがだす肉ではないのでは・・・という思いももちました。
それとともにまたしてもバーグの偉大さを実感しました。

全体として文明開化の頃より続く老舗のハヤシの味に似せて作った
ギミックという感想を得ました。
(食い終え午後のあいだは粗悪な油にもたれたような感覚に永くさいなまれました。〜率直に言いましょう。内分泌系から舞い戻る風味、ゲップするごとに脂っこい物を食らったあとに付きまとうあのいやなものが長く残りました。)

太平洋戦争後、中区は関内を中心にその三分の一が進駐軍に接収されていました。
アメリカ兵相手の多くのバー、レストランのうち今も残っているのはきわめて稀です。
意匠のひとつとして意図的に残しているのか、はたまた
直す気力がないのか、梅香亭のガラス面にはこのような表記が認められました。

baiko.JPG

Emmie's Baiko English Spoken・・・
見ただけで米軍相手の、レストラン、バーという雰囲気が漂います。
また決定的に気のめいるもののひとつとして、今でも店の入り口から右壁面にはマリリンモンローのヌード写真まで掲げてある始末。
すべての史実を素直に受け止めることはもちろん必要ですが、
このハヤシライスのうそ臭さは、そんな歴史を反映したものかもしれません。

だいたいハヤシライスなんて洋食と謳っていますが、どこの国の料理なんでしょうか?
もちろん進駐してきたアメたちの舌に合うはずはありません。
彼の国の人間は、こんな豚肉なんか使った、甘ったるいぶっ掛け飯など好むはずもありません。

私6年くらい前になりますが、ここに一度お邪魔したことがありました。
そのときにはかなり年配のおばあちゃんが接客担当としてフロアにおりました。
最近再訪するにあたって、評判など調べたところ、皆一様に今はなきおばあちゃんを懐かしむ声を漏らしていました。
このおばあちゃんが「エミーさん」だったのでしょうか。
米兵相手に店の看板として、愛想を振りまき、立ち働いていた様子が目に浮かぶようです。

米国人がデイビー・クロケッツのフロンティア精神に特別な思い入れがあるように、
戦中、戦後世代にとって進駐軍がもたらした洋食文化は、見知らぬものへの憧れを含んでいたのでしょう。

店内は古いたたずまいを残していますが、それがノスタルジックかというと
とてもそんな風には思えません。
こんな店は幾多もありますし、むしろ大正時代創業の老舗らしい味で答えてほしいものです。

観光地の只中にあるこの店。
耳にピアスを10個ぐらいつけて、小汚いジーンズを引きずった小僧や、
地顔もわからないほど塗りたくった、梅田がたむろする店内で
妙に落ち着かないものを感じながら、いろいろ考えてしまいました。
この空間は何も考えないことを特徴のひとつとする、
ぼけまくった現代のひとつのアトラクションに他ならないような気もします。

横浜市中区相生町1-1
関内から日本大通りを進み左側。
11:00〜20:00
日曜・祝日休

2005年02月20日

食うためにはしる〜その七

雨はやんだようですが、相変わらず空は暗く、憂鬱ははれません。
野暮用があり、小田原へ行きたかったのです。
同時に久しぶりに長い距離を、疾走したくおもいました。
いつまた降りだすかわからないこんな陽気では、それもかなわないようです。
食うためにはしる小田原編。
私にとってはかまぼこを求めるのでも、干物を買いに行くものでもありません。
小田原で最もそそられる食い物は「小田原系ラーメン」です。

小田原系とは:魚介、豚などからとられるダシ、そこに強めの醤油があわせられ、強く煮込む作業から時に焦げたような風味も感じられるのも特徴のひとつです。麺は平打ちタイプのもの、太さの不均一なところもあり、食感はモチモチしています。
(しかしこの系統はかなり狭い範囲内のことです。こう呼ばれるのは10軒を上回りません。
小田原界隈のラーメン屋は皆この味を現しているかと言うとそんなことではありません。
喜多方、長浜などといった確固たる大きな食領域を形成しているわけではないのです。)

小田原にはこの系統のほかに味一(旭川ラーメン)ブッダガヤ(熊本ラーメン)など特に好んでいるところがあり、私自身小田原系については’堪能しつくした’とは言いがたいものがあります。
せっかく小田原へ行くのなら、食うことも視野に入れなければなりません。
しかし家で逡巡していたら、もう時刻は11時になってしまいました。
私の行きたいところは、小田原の中心部からはかなり離れていますので、これから向かったとしてもたどり着く頃には1時を回ってしまうでしょう。
果たしてどうしたものか・・・とりあえず小田原系を食うか・・
一番近くでは大磯に「大西」の支店があります。
何回か訪れましたが、ちょっと値段が高くここ3年ぐらいご無沙汰しています。

ということで、今回の食うためにはしる
小田原へ行ったつもりで、小田原系ラーメンを食す。
走りのコンセプトは、ポタ精神の完全なる具現。「寄り道しまくり」というものです。

気温はそれほど低くありませんが、
今にも降りだしそうな空模様です。
こんな陽気ですからサイクリング道路も空いているだろうなどと思っていたら、
ものすごい数のサーファーが現れてきており、イイ波を求め移動するもの、海から上がりぶらぶらする者で、ラッシュ時の駅前のような様相を呈しております。。
今日はかなりいい波が立ったようで、この辺のローカルすべて出勤しているようです。

しかし茅ヶ崎の漁港をすぎると、途端に人はまばらになります。
ここでも砂山は崩され、開けた視界が確保できるようになりました。

sunahama.JPG

平塚に入り、いつもとは違った道を通ります。
この街は、多くの広い道が交差するせいで信号がたくさんあります。
かなりの頻度で信号に引っかかるのが常なのですが、
今日はまるで図ったように私の到着を待ちわびたかのように、
すべての信号が寸前で青く変わり道を開けてくれます。
どうも不思議な感じを得ました。

gennsaidoori.JPG

平塚では唯一といっていい”おしゃれ”な界隈です。
昔よく訪れたスイス料理店やイタリア料理店を眺めつつ歩みを進めていきます。
するとその先に見覚えのない空間が広がっていました。

gennsaikouenn.JPG

2001年に竣工されたので、新しいというわけではないようです。
明治、大正を通じて大衆文芸の分野でベストセラーを生み、食に対する啓蒙に努めたといわれる「村井弦斎」を記念した公園にたどり着きました。

詳細はこちらのリンクをhttp://www.bookreview.ne.jp/book.asp?isbn=4000233947

ここに来て、奇妙な符号のようなものを感じました。
住居が密集する界隈にありながら、この陽気のせいか歩く人もほとんどなく、公園は奇妙な静謐に支配されていました。この樹木の合間を縫って公園奥の石碑へと進む我に、何らかの啓示をあたえようとしているかにおもえました。

sekihigennsai.JPG

私、日々ふらふらと放浪し、あれがウマイこれがまマズイなどと好き勝手に書いております。
今日こちらへ向かったのも、食欲という原初的な欲望に突き動かされ、ただ満腹したいだけのような単純な動機です。、
それに勿体つけて、「食うためにはしる」などと御託を並べていただけの様な気がします。

私不勉強で、弦斎についての知識はまったくありませんでした。
まずはこのリンク先の著作についてカヴァーする必要を感じ、また、軽率に食を論ずることに対する戒めを実感した次第です。

平塚を抜け花水川にいたると目的地はもうすぐそこです。
しかし・・・
遠めに見てもシャッターが閉まっているのが確認できます。
近くまで行き状況を確認すると
「本日定休日」というプラスティックの札がかかっていました。
「ニチヨウビガテイキュウビ???オフィス街でもあるまいし・・」まったく予期しなかったことだったのでしばし愕然としました。

さて代替としてどこへ行くか。
まもなく1時になろうかという頃、
たらいまわし状態になり、この界隈をさまよいました。
(近くの塩ラーメンの新興勢力「ひでたん」。
並んでいる人がいて断念。
南にくだり魚介だしが香る「八雲」へ。
5分並んでみたものの一向に見通しが立たないのでここも断念。)
それではと、平塚らしくちょっとしたアトラクションの意味合いもある飲食店ののれんをくぐりました。

raoshann.JPG

花水ラオシャン本店です。
このほかにもラオシャンと名乗るところはもう一系統ありそれはまた別のものです。
タンメン350円と餃子350円をたのみました。

raoshanntannmenn.JPG

酢の、素ラーメンです。スープ、麺のほかに、たまねぎみじん切りだけがこの杯を構成する要素です。
あまりに素の素なものだから、撮影時この杯のサーフェイスに店内の蛍光灯が写りこんでいます。
ここにお個人の好みにより更なる酢と、特製ラー油をまぶしていきます。
私の場合、酢は蓮華に一杯、ラー油は付属のさじで5杯ぐらい入れます。
餃子はメインのタンメンと同じ値段であり、コストパフォーマンス的には高いものではないのですが、これ、おいしいものです。

gyouzaraoshann.JPG

アンが少し甘いという印象を受けますが、鉄鍋を使い丁寧に仕上げられたものは、
タンメンのザッカケないないものと対照的に妙にきちんと整っています。
日本で最古の焼き餃子といわれる「横浜萬里」のものと同じような面構えです。
これをタンメンと一緒に食すと、えもいわれぬ絶妙のコンビネーションを味わうことができます。

youkou.JPG


帰路再び海岸沿いのサイクリングロードを通りました。
西から徐々に日がさしはじめ、
暗雲は次第に押しやられていきました。

今日のはしり。
コース:辻堂〜平塚〜鵠沼〜辻堂
機 種:MTB
距 離:30キロぐらいか?
速 度:ゆったり
うまさ:語る範疇にはありません。

花水ラオシャン本店
平塚市花水台
虹ヶ丘ハイツならびタマヤ向かいを入る。
タンメン350円
わかめタンメン400円
チャーシューメン650円
餃子350円など
定休:木曜
10:30〜22:00
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2005年02月17日

Top of the World

<一雨ごとに暖かくなる、あるいは一雨ごとに涼しくなる
時候の挨拶にも2通りあってまったく逆のことを言っているのですが、
先達は、雨が季節の移り変わりに重要な役割を果たしていることを認めていました。

関東地方においては、朝から晴れの予報でしたが、
日も高く上ろうという時間になっても空はすっきりしません。
通勤途上、ある個人的理由からかなり鬱屈した気分に支配され、ドアの脇に立ち、そこはかとなくおもてを眺めていたとき
不意に目を射るような陽光が注ぎました。
それは些細な、あまりに日常的にすぎる瞬間なのですが、
今日はやけに心が軽くなるような気分を味わい、
ある種、光明を得たような感覚に捉われました。
この陽気に誘われ、昼休み近辺を散策しました。
横浜中心部でも喧騒とは無縁の場所があります。写真は西区、紅葉坂です。)

momijizaka.JPG

今日の暖かさは、わくわくするような”期待”のようなものが含まれていました。

私、幼少の頃より洋楽に親しみ、何か感じ入ることがあると、昔の曲が心のうちで流れ出すのをとめることができません。

今日まぶしい陽を見た瞬間に流れ出したのが「Top of the world」 by Carpentersでした。
春と呼ぶにはまだ頼りない日々ですが、かねてからカーペンターズは、春に聴くのにふさわしい音楽だと思っていました。カレンの声はたとえA song for youやSuperstarなどのマイナー調の曲を歌ったとしても憂愁ではなく、希望をかんじさせるものです。

陽を浴びながら坂を歩み、最近心を支配していた鉛のようなものも
少しは削り取られた様に思えました。
posted by renn at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月15日

桃山@伊勢佐木町

横浜の古きよきものを求めるむなしい旅
果たして今日は何回目でしょうか。
今日は伊勢佐木町の「桃山」で昼食をいただきました。
表にステーキのおいしい店と謳っています。
オススメに従い、ステーキをたのめばよかったと思いました。
Bランチ945円。ポタージュ、ハンバーグ、付け合せにフライドポテト3切れ、スパゲティひと口、いんげん、ライス、そして食後のコーヒーです。

momoyama2.JPG

はじめに出てきたスープをいただいてみても、何の感想もありませんでした。
それはきわめて普通のもので、苦労して存在感をなくすように仕上げたかのようでした。

次にハンバーグを載せた鉄板が出てきました。

momoyama.JPG

タネはこねてあったとしても、それをグリルし鉄板に移し、さらにひと炙りくわえたとは思えないほど短時間です。
通常こういうサーブの仕方ですと鉄板からそして料理からも、弾けるばかりの熱さがほとばしっているものですが、どうもこいつは落ち着いたもので、ハンバーグのかたまり自体にもほとんど熱さが感じられません。
そして何よりこのソース、????です。
ケチャップとウスターソースのブレンドのような風味です。
やたら甘ったるく、かつ塩っ辛いのです。
老舗の洋食屋イコール、デミグラスソースを味わう愉楽だと思っていたので、
かなりがっかりしました。このパテ自体の味わいが深いなら、致命的なソースの欠点をうっちゃることもできるのでしょうが、肉のかたまり本体もきわめて印象の薄いものでした。

こりゃ俺の手作りもイイ線いってるかもな・・・そんな自信を与えてくれた貴重な存在になりました。。

ハンバーグというのは、もう我々の舌に馴染みすぎてしまった料理でしょう。あまりに普通すぎて、スタンダードをはるかに越える上質なものに出会わない限り、感動的するぐらいおいしいという感想を持つのは難しいものになっています。
それは承知していますが、今日の一品、昔ながらの職人らしき手作りの感触を一切感じることができませんでした。老舗というのはどうしてこうも一律に’ファミレスチック’なのでしょうか。これは大いなる謎です。

PS.
どうも選択を誤ったようです。「ビーフシチュー」や「ステーキ」
それを食べなければ何も語れないようです。
すなわち1000円以上は出せよ。ということです。

レストラン桃山
神奈川県横浜市中区伊勢佐木町2-9-3
11:00〜21:30
定休:第三水曜

横浜のれん会のサイト
ここ結構面白いところです。(突っ込みどころ結構あります)
たとえば・・・最新更新:2005/02/05 テレビ東京「出没アド街ック天国・伊勢崎町」で紹介されました (そのままコピペ)
まったく、大事なのれんを守るものがこんなお約束のようなヒャクショウボケをかましていていいんでしょうか?

横浜老舗系、実食ログ
てんぷらの天吉
牛鍋の荒井屋
とんかつの勝烈庵
そばの藪真

2005年02月13日

食うためにはしるその六〜東佳@戸塚

前回の「麺2杯食い」で、腹部に蓄積されたものの重さを感じ
そろそろ大食いもこの辺でやめておかねば、と思っています。
体脂肪率はおそらく20パーセントを越えてしまったかもしれません。
そんな時人は最後の・・・などと称して、心残りのないよう思いっきりやっちまうモンなのでしょう。
それはひとつの儀式のようなものです。

今日も30号線から1号線に入り北東を目指します。
風も弱くいい日和に思えました。しかし快適といえたのは最初のうちだけで、
休日ののぼり路線は全線に亘り渋滞しており、路肩に寄せた車の脇をぎりぎりでかすめたり、排気ガスを吸わされたり、ストレスは次第に蓄積されてきます。

さてお目当ての「東佳」です。
アルミサッシの引き戸をあけ奥まですすみ、4人がけテーブルに着きました。
11時30分、先客は5人でした。おばちゃんが水を運んできて、「注文どうぞ」と問いかけてきます。
堅い焼きそば・・一呼吸空けて大盛りで!と付け加えます。
かなり大きい声だったので、入り口横で自らの皿にかがんでいた客の一人がこちらを振り向きました。
それは、どんな奴が大盛りという声を発したのか見てやろうという行動でしょうか。
その表情にはわずかながら笑みに似たものが浮かんでいました。
角に据えられたテレビを、見るともなしに見上げつつ店の様子なども観察します。
入り口脇には新聞雑誌の類が積み上げられたラックがあります。
テーブルは4人がけの四角いタイプが7つほどあったでしょうか。
6人がけぐらいの円卓もみられます。国道側の出窓状の部分には夥しい数のコミック単行本が並べられています。
壁には一枚の絵がかかっています。女性の姿を描いたそれは、ちょっとした妖艶さも漂わせ
この店には似つかわしくないものです。
正午が近づくにつれ、続々と客はやってきます。
円卓では相席状態となっています。
おばちゃんもう若くはないのですが、テーブルと人で密集した店内を飛び回り、
注文をとり、料理を運び、調理の補助までしています。
すばやい動きとはいえませんが、てきぱきとしていて、時折笑みも浮かんでいます。この器量もこの店を支える重要な要素なのでしょう。
客の中には常連と思しき人々が多くおりました。
ここはどの町にもある愛すべき中華料理屋なのです。

さて、そのおばちゃんが恭しく捧げるようにもって来たのが、
このどんぶりです。

touka2.JPG

厨房から私の座る奥のテーブルまで店内を縫うように歩んできます。
皆この器を見て騒然となりました。
あるものは苦笑しあるものは目を見張り、談笑していたものも黙り、店内は一瞬奇妙な静寂に包まれました。このどんぶりが置かれたその前には私がいます。
皆の視線を痛いほど感じ、私も何も知らずにたのんでしまいこの状況に途方にくれているという間抜けな人間ではないことを証明するため、待っていましたとばかりに携帯を取り出し、わざとおうぎょうな態度をとり撮影しました。

touka1.JPG

ピンボケになってしまったのは、店内の光量の不足もあるのですが、おそらく手が細かく震えていたせいかもしれません。
実際少しおののいてはいました。見た瞬間これはお手上げというレベルなのですが、どこまでいけるか食い尽くしてやるというチャレンジ精神も芽生えてきました。

堅焼きそばは既製のものだと思われます。上にはもやしや豚肉、かまぼこ、きくらげ、たまねぎ。餡の濃さもちょうどいいです。堅焼きそばは私の好物のひとつでもあります。
惜しむらくは、これを普通盛で食べたかったです。

食べ進むうちに味の単調さに耐えがたくなってきました。
そこで酢をいれ、スープを入れたりなどして何とかがんばってみます。
しかしだんだんバランスが崩れてきました。私決しておかず食いというわけではないのですが、どうにも具のボリュームに頼りなさを感じるようになってきました。
この頃には店内は満席になっていました。私のテーブルにも向かいに人が座り、携帯で話したり、また絶えず煙草をふかしたり・・・
こうなると食い続ける意欲はだんだんと萎えていきます。
そのうちに餡もなくなりソバだけになった時点で、心ならずもギブアップしました。

touka3.JPG

もう少しいけたような気もしますが、もうこうなると料理とはいえなくなってしまいました。
忙しく立ち働くおばちゃんを捕まえ650円を支払い逃げるように店をあとにしました。
やはり人気店のようです。表に出ると店外に10人ほどの行列ができていました。

メニューには大盛りに関する表示は一切ありません。
それはこの店独自の符丁のようなものです。
この店の「大盛り」が何たるかを知ったもののみが、オーダーし
それを平らげるだけの実力を持つもののみが、たのむ資格があるのです。
客は向かいの工場の従業員、近くの現場の作業員などが中心です。
働くものたちがその後半の作業に必要な滋味を得るため食物を摂取する場所です。

今日の私、食えもしないのに、食を題材にしてアトラクションを求めてしまいました。
食い物に対するいい加減な態度であり、非常な後ろめたさを感じました。
老夫婦が営み、常連が通う、まったりした雰囲気の中に入りこんだ異分子に違いありません。

これを食いきるためのティップを少々。
大盛りチャレンジ的姿勢で臨まなければ決して食いきれるものではないでしょう。
餡とそばのバランスはもとより崩れていますし、食い始めの時点でそばを余らせない配慮が必要です。
同じ味が続くというのが、量そのものよりもひとつのハードルとなるでしょう。
いろいろな調味料で、絶えず味を変えていくのもひとつの方法です。
昼時はかなり込むようですので、悠長に挑んでいる余裕はありません。相席になるのは必至です。食っている最中に向かいで煙草などすわれたら、もうそれだけで完食への意欲はそがれてしまいます。
とおしの営業のようですので、昼休みの時間をはずすのが懸命な選択です。

PS.このあと「筋トレ」をして何とかこの多量の炭水化物の消費を試みました。
ちなみに体脂肪率18パーセントでした。(多いことには違いない・・・)

「東佳」
住 所:横浜市戸塚区柏尾町172、国道一号線戸塚舞岡交差点。(駐車場無し。路駐絶対に無理)
時 間:11:00〜20:00
定休日:月曜

今日の走り
平均速度:19Km/h
最高速度:41Km/h
走行距離:31.52Km
走行時間;1時間39分10秒
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2005年02月12日

食うためにはしる〜その五

食うためにはしる第5回
Webの新しいコンテンツ、「神奈川県人郷愁シリーズ」第一弾として、
サンマー麺を取り上げました。(近頃アップ予定)
すでに発祥の地や横浜市中区の幾多の店でいただきましたが、その取材の画竜点睛と言う意味もあり、神奈川の辺境地域にも足を伸ばす必要をかんじていました。
物事の本質は時に、核心より周辺にその原初の形を残すという世の習いがあります。
それを確かめ、感じとりたいと思いました。

そこで今日は一気に2軒はしごです。藤沢と大和を攻めようと画策しました。
食うだけなら車で行ってもいいのですが、藤沢の中心部の劣悪な駐車環境を考えると、
今日も2輪車の出番です。週末の貴重な運動もかねて、漕ぎ倒したほうがいいのであろうと思
われました。
今日のコンセプト
休まず頑張る。
今日の走りのスパイスとしてサイクルコンピュータ装着というアトラクションもありました。

古久家へ行きました。
サンマー麺580円をたのみ、待つ間店内を見回します。
幼少の頃ここにはよくきた記憶があります。
テーブルや床などは当時のままなのかも・・・
こういうタイプのテーブルやいすは今では、どんな田舎に行ってもなかなか見ることはできません。
テーブルに隣接する壁には御三番席などと書かれたプラスチックの札も貼られており、それも古ぼけたもので、懐かしさを呼び起こさずにはいられません。
テーマパーク的に古さを演出しているところはいろいろありますが、ここやこの辺りの地下街は私の子供の頃からまったくかわっていないいまではむしろ稀有な空間なのです。

kokuya

さてサンマー麺ですがいろいろな思い入れがあったとしても素直に感動を覚えることができるものではありませんでした。いろいろなバランスが取れていないように思えます。(その辺はWebサイトに詳しくアップする予定です。)
追記;サンマー麺を求めてUPしました。

その後すっきりとは晴れない陽気の中、境川サイクリング道路を北上し、
サガミサイクルにてサイクルコンピュータ2100円を購入しました。
速度や、平均速度などの値は、私にとって特に重要ではないのですが、
走行距離がわかるとなると、記事を書く上で有効なものになるでしょう。

そしてもう一軒、相模大塚のラーメン辰を目指します。
途中厚木飛行場近辺を走行中、戦闘機が頭上をかすめタッチダウンを繰り返していました。
しばし見入り、カメラなど構えているとかなり時間を浪費してしまいました。

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そんなことをしてた報いとして、当然のように辰は2時30分で昼の営業を終了し、扉を閉ざしていました。夜は6時からです。
ならばあきらめ、このまま何も食わず帰るのが常識的な選択でしょうが、
完結すべきものがその輪を閉じていない。
気持ちの中には何か収まりのつかないもの、がありました。
それを抱えたままクランクをまわすことはどうも気乗りがしません。
何か食いたい。空腹でたまらないという身体的な渇望ではありません。
心の乾きを潤す何者かが必要なのです。
結局「菊地家」に落ち着きました。
そしてそこで救われました。
今日のこの一杯やけにうまかったです。
家系の中で、久々のヒットです。

kikutiya.JPG

ほうれん草はかつて、冷凍中国ものの汚染が騒がれ一時姿を消し、そして復活して以来もっともおいしいと感じたものです。
チャーシュは脂分も多いですが、家家らしからぬやわらかさがあります。
のれんわけで派生したその本家すずき家と比べても遜色のないものでした。

今日の走り
辻堂〜藤沢〜三ツ境〜相模大塚〜辻堂
距離:49キロメートル
平均速度:19.2キロ
最高速度:37.5キロ
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2005年02月10日

バーグ弥生町店

のどかにゆったりと仕事をこなし、
来るべき昼休みについて、思いをめぐらしておりました。
さて、どこへ行こうか。
向かいの中華の卵料理をためそうか、
関内の梅香亭まで足を伸ばそうか、
でも、今日は大食いをしたいのです。
週に一度はバーグに行きたくなってしまうのを抑えることはできません。

弥生町店にて今週のオススメ
焼肉カレー880円を食しました。
大盛りにしたい欲求はありましたが、それでは1000円を越えてしまいます。
Bグルの不文律−価格的に一線を越えない、というのは守るべきもっとも重要なところです。
このところいつも大盛りを味わい、その連鎖の中にあるとそれを断ち切ることは容易ではありません。大盛りのあとの普通の盛。それはなんとも頼りなく見えました。

bargosu.JPG

盛に関しては非常に不満です。バーグのめしはカタに盛った後、皿に載せるらしいのですが、
隣の皿を見ても明らかに少ないと思ってしまいます。隣の芝生はあおく見えるといわれますが、これは目の錯覚ではなく実質的に量が足りません。食い終わりまたしても腹八分目バーグ体験になりました。

くわえてこの牛焼肉。
調理にかなりのムラがあります。
焼けていないところbvはほとんどナマ肉です。
がさつな仕事だなと思いました。
調理担当を見て合点が行きました。
またこいつか・・・
最近見かけなかったのですが、まだ生存していました。
本人は大盛りなんか2杯ぐらい難なく平らげそうな立派な巨躯ですが、
他人に対しては、盛りをケチりすぎる傾向があり、某巨大掲示板などでは、皆から罵倒されています。もちろん私もかつて苦汁を味わいました。

料理人というのは多分に天分が要求される分野だと思います。
無造作な様でいて、この調味料この素材をこのくらい加えるとこうなるというのが、感覚的にわかるべきで、
各々の素材の分量など、レシピで細かく規定されるものではないのです。
この肉の火のとおり具合の無感覚さは、私のような自称料理人にとっては許容できかねるものです。

今日私の中で弥生町店に対して、一区切りつきました。
盛といい調理の配慮といい、これはもうダメだなという、ぼんやりとした否定的な気持ちが広がりました。
こんなBグル店舗に対しあまりとやかく言いたくはないのですが、
飲食業界に限らず客商売は「一期一会」の思想を根底に持たなければならないと思います。

今日昼時でもやけに閑散としていたのは何かの徴でしょうか。(テーブル席あたりには客がまばら、5,6人しかいませんでした。)私もこれからしばらくは戸部店へ行くことにします。

バーグ弥生町店
横浜市中区弥生町2-18-1-202
最寄駅 横浜市営地下鉄・伊勢佐木長者町駅
11:00-21:30
月曜定休

最新戸部店訪問記
前回弥生町店訪問記
前々回弥生町店訪問ログ
戸部店訪問ログ

私にも言わせてください〜W杯アジア地区最終予選対北

※昨日の記事です。
昨晩飲みながら勝負の興奮に駆られて
かなり民族蔑視の発言をしていまい、自ら記事を削除しました。
少し直し再度アップします。(ほとんど変わっていないような・・・)

2月9日(水)
ワールドカップドイツ大会アジア地区最終予選。
日本対北朝鮮が本日行われました。
前半早い時間に小笠原のFKにて得点するも。
その後、かなり攻め込まれる場面もあり、予断を許しません。
北チョソ(単なる略称です、この国の名前、入力するのが面倒なので、以後北とします。)ってこんなに強いのか・・・

事前の報道で露出したことですが、北の奴ら(尊称です、ある種の羨望の現れです。)「ピッチの中で骨が折れようとも死ぬわけではない」などとほざいていたようです。
将軍様のためという建前の元、何より勝利が、豪華アパートやら、ゼニなどに直結していると、
実力が劣ろうとも人間こんなにもやれるモンなのでしょうか。
この肉弾戦は旧日本軍のばりの’玉砕’って感じです。

日本チームもフランスワールドカップのときの「初めての切符を手にするか・・・」なんて緊迫感がないものだから、観客の雰囲気を盛り上げようと
一時、同点かなんかにしてあげる配慮もありました。
それはこの国に居住する、かの国同胞にそれとなく気を遣った所業なのでしょうか。
そしていつでも点が取れるのに、最後のロスタイムまで引っ張る周到ぶり。
みんな役者やな・・・おもわず感嘆してしまいました。
そして最後は神風が吹いて、共産主義の急先鋒をなぎ倒していく、
快哉を呼びおこす最高の演出です
まさに彼の国のお株を奪う国威発條を意図した、すばらしい筋書きでした。

それにしてもわが国。選手をはじめとして、お人よしの集まりですね。
自国民を拉致され、スパイ活動に強制的に従事させられ、
そんな人たちを助けるべく誠意を持ってのぞんでいるのに、他人の遺骨をもち帰させられ、
それに対し真実をさりげなく科学的に指摘してあげたら、何らかの陰謀、捏造だと言われる始末。
報道も大阪生野区かなんかに踏み入り彼の国の方々の様子を中継なんかして
これを機に、日朝友好だなんて語らせたりして、
いったい何が言いたいんでしょうか。
スポーツという政治を離れた平和の祭典を通じて、すべての理不尽を忘れろとでもいうのでしょうか。はっきり言ってこの国に住むかの国の人々の人間模様なんか興味ありません。
在日Jリーガーにも特別な感慨はありません。

スポーツと政治は別物だとは思います。
しかし北の奴らとはもともとスポーツに取り組む姿勢がまったく違うのです。
選手は皆軍人でもあるし一歩間違えば、戦闘護身術かなんか持ち出してきそうな風情です。
だいたい戦時体制下の思想統制にあるような国の状況を
我々と同じ次元では語れないのです。

しかしテレ朝、ここぞとばかり思いっきり引っ張ってます。
どの局も、皆横並びで同じ画面ばかり見せられる昨今。
NHKなどが声高に叫ぶ報道の義務(昨年のオリンピック中継の折、独占放映している柔道のいい場面をばっさり切って、報道の価値があるという独自の理論で、ちんけな地震報道をして、皆の罵声を浴びていました。)をあっさりと捨て、
報道ステーションを完全に「サッカー事後報道」にかえてしまう。
こういうチカラワザはむしろ心地良ささえ感じます。
賑やかしとしてスマップ蚊取りなども導入していましたが、
残念ながら出番はほとんどありませんでした。
まあドラえもんの着ぐるみが出てこないだけまだましです。

サッカーって言うのは不思議なもので、たとえ、僅差にみえようと
強いものが勝つようになっています。
次戦はイランが相手です。
今度は民族的な配慮など無しに、思う存分叩きのめすことができるでしょう。
そう願っております。
posted by renn at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事、ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする