2004年12月30日

海産物のお買い物

魚介類の買出しの仕事をおおせつかりました。
まずは小坪の魚屋に向かったのですが、
店の前の通路にはおよそ50人にもなるでしょうか、長蛇の列がすでに形作られております。
魚屋の前の細い道に車で進入すると、わざわざ雇ったのでしょうか、制服を着たガードマンが交通誘導をしており、信号を曲がるとすぐに制止され、誘導を受ける始末。
この光景を見て、一瞬にして、ここから抜け出そうと決め、店横の道にけつを突っ込み
Uターンしました。まともに買い物ができる状況ではなさそうです。

続いて藤沢の名店ビル地下に向かいました。
ここの魚屋も安く、大量に買うときに重宝しております。
しかしここもかつてない人の群れで沸きかえっておりました。あいにく地のものはほとんどなく、商品内容が正月用にシフトしてしまっているようで、数の子、エビ、タラバガニなどが豊富でした。

sakanaya

おっちゃんや、おばちゃんと一緒にかごをぶつけ合いながらショーケースに群がり、
バチマグロやぶりやタコなど数点を購入しました。

実はここに来るのも久しぶりです。
幼少の頃、近くの一番大きな町がここ藤沢だったため、
休日にはよく訪れておりました。
正月前の買出しももちろんこの界隈でした。
当時は名店ビルが買い物の中心であり、
その後OKが大々的にオープンしました。
おやじやお袋の買い物についていき、細かなものを買ってもらったり、
昼食にさいか屋のレストランに立ち寄ったり、そんな些細なことが、えもいわれぬ悦びでした。
街道の佇まいを残す大きな道に、多くの店舗が庇を出し軒を並べていた界隈に、片瀬ゴマだけを扱っている店がありました。
買い物の折、荷物を持つお駄賃として、独楽やひもを買ってもらったことを覚えています。
(独楽といえば神奈川県では、大山ゴマのほうが主流のようです。
小学校3年のとき大和市に転居し、そこでみなが回していたのが、この大山ゴマです。
色使いはきれいなのですが、材質がよくないのか実際勝負する段になると、片瀬ゴマの敵ではありませんでした。芯を削り重心を低くし、ベアリングをまとった、わが愛器は幾多の大山をかち割ったものです。)

片瀬ゴマ詳細

今では独楽だけを扱っている店などあるわけもありません、昔の記憶を総動員してもそれがどの辺りにあったのかさえ思い出すこともできません。
(店や、商店街の辺りの様子ははっきりと記憶に残っていますが、その情景と現在の風景はあまりにも変わってしまったため、結びつけることは容易ではありません。)
全国的にいえることなのでしょうが、牧歌的といえるような個人商店の連なりも、年々その数を減らしています。資本を多く投下し、多くの人を使い、多くの客を呼び込むことが、高度に発達した現在の資本主義社会では、重要なことなのです。
個人商店が大規模小売業に凌駕されていくのは世の流れです。

ここ藤沢で、唯一昔の断片を残していると思われるのが、名店ビルから丸井へと続く地下街のあたりです。忙しい最中、買い物に来て、まさに喧騒や狂騒の只中にいるのですが、どうも感傷にとらわれてしまった様です。
そんなこんなで、買い物の後は、古久家で昼食を摂ることにしました。

kokuya

藤沢では最も古参といえる中華料理屋です。
オーダーは、何時もここにくるとおやじが好んで食べていた、サンマー麺とビールです。
ゆっくりと麺をすすりながら、しばし昭和40年代の空間に還っていきました。。
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2004年12月27日

荒井屋にて牛鍋

以前「杜記」へ行った折、前を通りかかり、
多くの人が暖簾をくぐるのを目にし、気になっていたところです。
調べてみると創業明治26年。今年110周年を迎える牛鍋屋の老舗だそうです。
しかしお値打ちランチというものもあり、そんなに敷居が高い訳でもないようです。本年の横浜ランチの締めという意味合いもあり、ちょっとした贅沢をということで、おじゃましました。

araiya

正午を少しまわったころ、店を出る人入る人、人の動きは引きもきらず、昼飯時、一番込み合う時間帯です。席に着きオーダーをした後もしばらく待ちました。
見回すと若者は皆無といっていいくらいです。ほとんどが、スーツネクタイをした初老の男性か、年配のご婦人でした。私の経験則からこういった店ではあまり期待しないほうがいい、そんなささやきが耳の奥で響きました。
ここを訪れるにあたり、いろいろ調べてみましたが、歴史や由緒についてはあふれるばかりの情報がありましたが、殊、味や雰囲気や量、そして満足感などの詳細に触れている実食記録はほとんどありませんでした。なぜ詳しく書かれていないのか、その理由は料理が出てきて明らかになりました。

gyuunabe

注文した牛鍋定食900円です。
関東風のすき焼きです。割り下はかなり甘ったるいものです。
庶民的過ぎるほど庶民的です。我が家のすき焼きと甲乙つけがたいといえるものです。
調理したての鉄鍋で出てきたからには、かなり熱々なのだろうという期待を抱かせましたが、人肌の優しいあたたかさでした。年齢層を考えて、食べやすくしているのかもしれません。この鉄板(鉄鍋ではありませんでした。)ですが、素晴らしい薄さです。上げ底というのではないのですが、この種の鉄板が本来もっているであろう深さの概念を覆す、究極の造詣美を誇っています。肉一切れがちょうど表面を蓋うように配慮されています。
この感じはどこかで味わったことがあります。それは薀蓄を傾けまくりの気取ったそばやのもり蕎麦に似ていると言えましょうか。

牛鍋はねぎと豆腐、しらたきと牛肉が内容物ですが、
肉は断片化しすぎていて、牛であるのはわかりますが、どこの部位で国産・・・牛だなどというレベルではありません。箸でつまむのも一苦労です。「おねゐさんすぷうんをくださゐ」と思わずいいそうになりました。
肉食をしなかった昔の人々からすれば、文明開化のかほりがしたのかもしれませんが、
肉が主食の我々にとって見れば、ショぼいにもほどがあるといった感じです。
「過去の遺物」なんていう言葉も去来しました。

しかしこの立地で、100年以上続く老舗で、質、量ともに備えたすき焼きを1000円以下で食う。
そんな期待をしている消費者のほうがある種不遜だともいえます。
「ひらけぬやつ」から一歩脱却し、文明のかほりを少しでも味合わせていただいただけでもスバラシイ体験と思わねばなりません。
この店でもいいところがあります。
一階は4人がけ6人がけのテーブル席が占めています。2階は座敷のようです。店の構造からパーティションがふんだんにありますので、接待などにはいいロケーションでしょう。何せ料理は創業明治・・・ですから、ラベル的には問題ありません。 
また煙草も吸い放題です。ゆったりとしたテーブルで、食後もゆっくりとくつろげることでしょう。

荒井屋
中区曙町2-17
イセザキモールユニーから右手の道を16号線方面へ向かいすぐ右側。

2004年12月25日

2004年一番のニュース

この時期になると今年の総括という内容の企画が、新聞やテレビ番組でよくみられます。
激動の時代を象徴するかのように、いろいろなニュースがありましたが、
イラクへの自衛隊派遣や日本人人質、台風や地震の災害、猟奇的殺人事件など、暗いニュースが大半を占めました。
そんな中明るい話題も少なからずありました。オリンピックでの同胞の活躍、曽我さんに関するものなど。しかし私の中では、イチローに関することを一番に揚げたいと思います。

9月末から10月はじめ日本中でイチローの打席を見守っていました。
以前私の記事でも披露しましたが、街角の美容室やパン屋などおよそ野球と関係ない店が、店頭の掲示板にいつも書いてあるであろう’メニュ’ーやら’おすすめ’やらを消して、イチローの一打席一打席の結果を書き出し、一喜一憂していました。
あの頃の盛り上がりは一種異様なものもありました。
何かに希望を託したいというみなの心が、ひとつになったかのようでした。

イチローは野球に関しては、天才的なところがあり、
その考えているところが、あまりに技術的に高度であるがゆえ、彼が発する言葉が文章として、うまく表現されないということがよくあり、
インタビューやコメントなどの折、聞いていて’もどかしさ’を感じていました。
しかしこの記録達成後、少し聞こし召し、会見を行った時の言葉は、
あまり飾らず、なんの衒いもなくストレートなものでした。

Q:「日本の野球少年にメッセージはありますか。」
A:「こちらに来て思ったこと・・・
体がでかいということに、それほど意味はない。
僕自身メジャーリーグの中でも一番小さいほうだが、
このような記録を残すことができた。
自分自身の可能性をつぶさないでほしい。」

これほどの偉業を達成し、イチローは
真の天才と誰もが思っているようですが、
視力のハンディキャップを抱え、それを克服した努力の人でもあるのです。
そんな人間だからこそいえる言葉でした。
ハンディキャップを持つ者はもとより、人間誰しも弱いところ、苦手なところがあります。
そこから逃げ出すなと、ゆっくりと訥々と語ったこのイチローの言葉。
単純でありながら力がこもっていました。
かれの偉業とともに、このインタビューは私にとって今年一番の感動でした。
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2004年12月24日

カレーの店バーグ3

バーグ弥生町店、2度目の訪問です。
今日のおすすめは、鶏のトマト煮です。
その週、あるいは各店でおすすめは違いますが、このトッピングはちょっと合わないのでは、と思えるようなものが案外うまかったりするものです。(例:えびマヨ、から揚げ、など)でもそれは、正統バーグの味覚とは少しはなれたものになってしまっていることも事実です。
今日のおすすめ、少しそそられはしましたが、久しぶりのバーグ訪問でしたので、バーグらしいカレーを食いたいという思いがありました。斬新より正統を選びたい、そんな心持でした。
「スタミナ」というのが、ここの看板メニューです。カレーの上に豚焼肉を載せたもので、そこに生か焼きかどちらかの卵がのります。
私、いつもおすすめかスタミナを選択しておりますが、今日は給料も得たし、ほんのささやかな豪奢をと思い、デラックススタミナ「デラスタ」にしました。卵の代わりにハンバーグがのります。座って30秒ほどで、サーブされました。

derasuta

「デラスタ」800円です。
最初カウンター上の私の前に出された時、一瞥してハンバーグが見当たらないので、
何かの間違いかと思い、しばらくカウンター上に放置しておきました。
すると店員さんが再度「デラスタです!!どうぞ!!」と念押しをしてきました。
皿を受け取り、豚肉をかき分けると申し訳なさそうにひき肉のかたまりがありました。
たまたまなのでしょうが、この皿の左手前にまぶしいほどの器の光沢が感じられます。
まがりなりにもバーグという名を冠しているなら、皿に余白があってはならないだろう。激しくそう思いました。
端的に言うと、’飯の盛が少なすぎます’いままでで最少です。
一体に弥生町店は戸部店や杉田店に比べ、盛が少ないといわれていますが、
他店において、これほどの皿上の空白部分を目にしたことがなかったので、愕然としました。結果的に今日の少しばかりの贅沢は、飯が少なかったばっかりに、
すべてのバランスが崩れ、かわいらしいハンバーグの半身を先にカレーやご飯とともに食すと、あとに残ったのは、カレールーと、大量の豚焼肉でした。
新たなるお気に入りになるかと思われたデラスタ・・・もう二度とオーダーすることはないでしょう。
ハンバーグカレーか、スタミナ・焼き、どちらかにします。ハンバーグが載るなら、豚肉は不要ですし、豚肉が載るなら卵は不可欠です。
ハンバーグと豚肉の共存はバーグのカレールーという主役がとりなしたとしても、お互いが譲り合わず、気まずくたたずんでおりました。
久しぶりのバーグ訪問は、久しぶりの’腹八分目’バーグ体験となりました。

バーグ杉田店、開店直後訪問記
前回バーグ弥生町店、訪問記

2004年12月23日

海へ至る道

海へと歩いてゆく。
水平線が目線の高さに広がり、大きくなってゆく。
あたかも空へといたる滑走路を行くがごとく、無辺際に広がる海原へ乗り出していきます。
海への憧れは人のDNAに刻まれた、生命の原点に還っていく本能か、
あるいは幼少のころ海へと駆けていった、あのわくわくする期待感を呼び覚ますものかもしれません。

海が近く坂の多い土地であっても、道が一直線に海まで伸びているところはそんなに多くないようです。ましてや劇的で、ドラマティックな海との邂逅を考え、景観を優先して造られた道などは皆無に等しいといえます。

umiheitarumiti

ここ平塚の近辺はあまり坂のないところなのですが、
道は格子状に造られているため、緩い坂の勾配、立つ位置の加減により、海へと至る道は情緒あるものとして現出します。海が夕日を映し、染まる夏のある時期には、特に素晴らしい景色を作り出します。

多くのCM撮影にも使われている、
七里ガ浜の有名な坂
にはおよびませんが、少し鄙びた、ある種ののどかさも感じられるところが気に入っています。
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2004年12月22日

イタリーノ3

また来てしまいました、イタリーノ
今日も12時10分には入り口をまたいでいました。
いつものカウンターに陣取り、いまでは食べるのと同じくらい楽しみとなった
調理過程見学に入ります。
静寂が支配する店内。皆淡々と仕事をこなしています。しかしなんとなく厨房がいつもより広く感じられます。
しばらく見渡し、重大な事実に気がつきました。
ホンジャマカがいません。
今日のキャストは、調理オヤジとお袋と黒髪オヤジです。

いつものように調理オヤジは、奥のコンロで揚げ物に傾注しており、
続いてパスタをいため始めます。
手前のお袋と、黒髪オヤジの間では何故か頻繁に言葉が交わされ、作業工程の確認がなされています。今日はちょっと勝手が違います。
いまさらながらホンジャマカの偉大さが解りました。
あの巨躯からは思いもつかない、流れるような盛り付けや、
調理オヤジと、飯盛り担当をつなぐ折衝役としての完璧な仕事振りが、
これまでの寡黙でいながら、意思の疎通がとれた皆の計画的な調理作業を生み出していたのです。

さて奥ではパスタの準備も整い、その空いたコンロにて、カツにかけるソースを温めはじめました。手前の黒髪オヤジはカツの衣付けをあらかた終えると、
皿を並べ、極細切りキャベツをうずたかく盛っていき、パスタも添えていきます。
この時点で、客席には6人。6皿分が用意されました。
そこに調理オヤジがカツを放り込んでいきます。思ったより大きいものです。
そして温めていたソースが仕上がったところで、各人にサーブされました。

italino3

ロースの部位を使った「ポークカツ」、揚げたて、熱々です。
脂っこさがあるかと懸念したのですが、思ったよりさっぱりしています。
この店はどの料理もそうなのですが、下味のつけ方が良いので、
あとから余分な調味料をかける必要がありません。
このポークカツ、なまじそのあたりのとんかつ屋が出すものより、はるかにおいしいものです。
何よりこのボリュームにはいつもながら圧倒されます。
水曜のランチポークカツ500円でした。

追記:キャベツをほおばると、ドレッシングがかかっていないことに気がつきました。
こんなところにも、本日のオペレーションのギクシャクしたところがあらわれているようです。

イタリーノ実食記録その一
イタリーノ実食記録その二
イタリーノ最新実食記録

2004年12月20日

関内二郎

今日のランチは軽く済まそうなどと思っていたのですが、
近くを通りかかると、いつも目にする行列があまり長くありません。
思わず列に加わってしまいました。
10月のオープン以来はじめての「二郎関内店」訪問です。

タイミングよくすぐ席につくことができました。
しかしここからしばらく待ちました。
’あの麺’ですからやはり調理には時間がかかります。

店舗はうなぎの寝床状に縦に長く。横幅は最低限しか確保されていないため、
食べ終わる人、新たに席に着く人がひっきりなしに背後を交差し、
人に接触し、ぶつかりながら移動することを余儀なくされます。
そういうことに頓着しない人がほとんどでしょうが、
生憎私、そういうことが気になってしまう性質ですので、
椅子をなるべく引き、ぶつかることのないように配慮していました。
しかしそれでも、食べている間であっても、何人もに小突かれました。
それも二郎らしい空間といえなくもないのですが、
物理的に無理があるように思えます。

さてラーメンです。

kannnaijiro

「小ラーメン野菜、辛め」(600円)で頼みました。
世間一般のラーメンの常識とはかけ離れた量です。
これが’小’です。
二郎の何たるかを知らない人にとっては、いつも他店で注文するように、
「大盛り」でも・・・などと軽い気持ちでオーダーした日には、
とことん苛めぬかれることになります。
(以前鶴見に住んでいた折、”なんか滅茶苦茶食いたい!飽食の喜びに溺れたい・・”などと思ったとき、よく大盛りをいただいておりました。今ではもう体力的?に無理ですが、)
食いながら見回すと、私以外はほとんどの人が大盛りを食らっておりました。
客層的にはスーツを着たものが多く、近くに勤めるものだと思われます。
皆嬉々としてうまいラーメンをすするといった感じではなく、ほのかに額に玉の汗など浮かべ、眉間には皺などもつくり、なんか苦しそうです。
私の右隣の風俗店マネージャー風イケメン氏は、平らげるや否や、
箸と蓮華を投げ出すように丼に落としていました。
「完食!」「もう勘弁してくれ」こんな感じなのでしょうか。

二郎チェーンにはどの店舗でも通じる符丁があります。
無料トッピングと称して、味の調整や添加するものを選ぶことができます。
タイミングとしては、麺をゆで終わり 盛り付けをする段階で、
「にんにくいれますか?」ときいてくる瞬間があります。
そのときに、野菜、辛め、あぶら増し、にんにく、など好みを伝えることになります。今日は「にんにくいれますか?」と訊かれ「はい」だの「いれなくていいです。」だのと答える人が多く、二郎的コミュニケーションは成り立っていないようでした。

どうも大盛り地獄に陥る者の頻出や、符丁を無視した言動やら、
きょうの関内店は、’いちげんさん’が多かったようです。
それだけこの界隈は、潜在的な集客力にすぐれているともいえます。
開店2ヶ月を経てもまだまだ新規顧客を得ることが可能なのです。

前置きが長く、味については触れませんでしたが、腰の強い超太麺と、
とんこつ系辛味の効いたスープは強烈ともいえるインパクトがあります。
脂の量もかなりのもので、ここが二郎好きと嫌いとを分けるポイントであると思います。
このラーメン自体中庸という存在が一番似合わないものです。
おいしいけれど食った次の瞬間に忘れてしまう(昨今のラーメンに顕著)といったものでは決してなく、
それが好と出るか嫌と出るかはわかりませんが、確実に印象に残るものです。
その為にもにんにく、あぶら、辛味、野菜増し、すべてMaxにして、
許容範囲の限界点を目指すのが本筋であるのでしょう。

私自身二郎は各店舗に訪れ、好んでおりますが、
’うまいとしみじみ思う’感覚を持ったことがないのも事実です。
ただどの店舗に行っても、圧倒され、「二郎という名の食べ物」それ自体の固有性や唯一無二の存在にいつも感心を覚えるのです。
大盛りにあえて挑む者が多いのも、そんな固有のもの、二郎が二郎である存在意義に触れたいがためといえるのでしょうか。

ラーメン二郎関内店
横浜市 中区 長者町 6-94
国道16号、伊勢佐木長者町5丁目交差点近く
関内というより伊勢佐木町と名乗ったほうがいいような気もします。

ラーメン二郎相模大野駅前店実職記録

2004年12月17日

鴨居

暖かな陽光のさす中、
小机寄りから鶴見川左岸をしばらく歩き、
鴨居駅にたどりつきました。

駅北の太鼓橋状の陸橋のすぐ袂、
川に向けて扇状に広がる緩やかな階段がありました。
そこにたたずんでいたのは、おびただしい数のハトでした。

みな一様に川に向かい、川面に映る夕日を見つめているのか、
あるいは川の流れを凝視し、人生ならぬハトなりの生涯に思いをはせているのか、
整然と連なり佇むさまが、想いをもったもののように感じられ、
興を覚え、彼らの背後からカメラを構えました。

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しかし1,2歩、歩み寄った瞬間に
その美しい隊列は乱れてしまいました。
彼らは振り向き、我々に歩み寄り、次からつぎへと足元にまとわりついてきます。

擬人化して感情移入してみても、所詮鳥には食欲以外あるわけもなく、
近くの工場から毎日訪れる施しをしてくれる者を、
このベストスポットで’雁首?’並べて待っていただけのことでした。
posted by renn at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月16日

杜記@伊勢佐木町

中華街の名店「杜記」の新店舗が伊勢佐木町にオープンしたとの情報を得て、
本日昼時に覘いてきました。
場所は伊勢佐木モール、ユニーの向かいです。
新しい看板が光っていました。

toki

開店して間もないようで、知人つながりのChai達や、
土地柄でしょうか、あるいは入り口周辺のたたずまいが郷愁を誘うのでしょうか、さまよいついた、彼の国の人々でにぎわっていました。
香港屋台料理と謳っていますが、確かに入り口周辺のガラスから伺える厨房といい、
狭い入り口から連なる座席の感じといい、九竜あたりの裏道の食い物屋の趣があります。

chashumenn

刀削麺を使った麺は5種類くらいあるのですが、
基本のスープが一番よくわかるであろう、チャーシューメン800円を所望しました。
以前中華街の本店にて食して、気に入っていたものです。

スープは幾多の中華ラーメンとは異なり、トンコツベースのものです。
芯がありあじわいもあります。
しかしメンと一緒に食してみると、どうもうまさを感じることができません。
またチャーシューは、中華料理レストランの冷菜に鴨などと一緒に出てくるような、
八角などの中国調味料の過度に効いた甘ったるいもので、以前本店でいただいた、
肩ロースのうまみのあるものとは別物でした。
刀削麺はこのようなものです。

toushoumenn

’刀で削った’ことにより厚いところあり、薄いところあり。
硬いところと柔らかいところといったように、不均一な食感を生み出しています。そこがこの麺のうりです。
ラーメンというより、うどんや、きしめんといったほうが近いかもしれません。

しかし不思議なことにこの麺、スープを持ち上げる力が不足しています。
スープも麺もそれ単体ではおいしい部類に入るのでしょうが、
スープと麺とチャーシューの三位一体は感じられません。
食べ進めていくうちに、釈然としないものが生まれ、
絶え間ない満たされぬ思いはだんだん強くなっていきました。

その他のトッピングは小松菜だけであり、麺は多く、スープは少ないので、
多くの人は途中で飽きてしまうだろう、という懸念もあります。
坦々麺なども扱っておりますが、はたして中国のどこの地域に特化した店なのか
香港なのか、四川なのか、西安なのか、非常にあいまいです。
観光客向けの、節操なさをほのかに感じました。

本日の刀削麺。
開店間際のドサクサを割り引いても、少し首を傾げざるを得ないものでした。
一ヵ月後くらい。落ち着いたころにもう一度訪れてみようと思います。

2004年12月13日

介一家@都筑

田園の、鼻を刺す香ばしさの残る、小机まで出張ってきました。
畑の小松菜の緑濃い連なりが、美しく迎えてくれました。
しかし正午近くなり、工場と百姓家に囲まれ、
奇妙にアンバランスなこの一帯で、はて昼飯はどうしようかと考え、愕然としました。
第三京浜港北インターチェンジから吐き出された、大小のトラックの群れや、
近くのヤナセの広いパーキングロットに置き捨てられたかのように停められた、
図体の大きい何百もの鉄の固まり。
それだけが、この場所に似つかわしいものです。
視界に入るのは片道3車線の広い道、幾百もの車、
そして大根や小松菜を擁する無辺際な大地のみです。

そんな中、奇跡的とも言える状況で、介一家が立地しています。
訳あって小机から歩いてきたものにとって、まさに砂漠の中のオアシスにおもえました。

sukeitiya

中盛麺かためをオーダーしました。
麺は丸山製麺のもので、太めで縮れたタイプです。
私個人的には、本家の証である酒井のものよりも、こちらを好んでおります。
かためで注文して、ちょうどいいかたさでした。
モチモチした感じや、スープを吸い上げる力は
こちらのほうが勝っていると思います。
チャーシューや、ほうれん草、海苔は家系として当然載っておりますが、
それは特に印象に残るものではありません。
載っていて当然のものが、当然のごとくそこにあるという感じで、b可もなし不可もなし。
ということは、普通レベルを何気なく超えているということでしょうか。

さて、スープです。
とんこつはどこへ行ってしまったのか?そう問いかけたく思いました。
家系を多く食しているわけではない同僚は、これがとんこつしょうゆという範疇に属するラーメンだとわからないうちに食べ進んでいたそうです。
それほどの、情けないくらいの濃くのなさ・・・
ダシ感やしょっぱさ、そして鶏油は充分なくらい感じられるのですが、
肝心のとんこつの強さがまったくありませんでした。
油分はむしろ、他店より多すぎるくらい効いていましたが・・・

今日は食いっぱぐれるかと思っていただけに、
こんなド田舎に突然現れた家系は、僥倖といえるものでしたが、
ちょっとがっかりしたところもあったのは事実です。