そんな人間たちをNeetと称するようです。
先日東京12チャンネル系列で放映されていた、
Neetに関する情報番組を見て思うところがありました。
番組では、わが国資本主義の真っ只中にあり、
労働力の根幹である、30〜50才くらいの人々に対して、
彼らNeetの姿勢についてどう思うか、インタビューがなされていました。
「もってのほか」「甘えている」
そんな論調が大部分を占めました。まあ半ば予想されたことです。
20台若者にも等しくインタビューの対象は向けられていました。
同情的な意見が多数を占める中、特異な発言もありました。
いわく、「働かない権利もある。」
またはじまった・・・
何かと権利を持ち出す輩が、ここにも生息していました。
私も長く働かないという状態を享受したことがありましたが、
職を得ない事を当然の権利として主張するほど、いまだ先進的になりきれてはいません。
私は全く別の観点で、Neet諸君には同情の目を向けています。
番組の分析によると、Neet増加の要因は、
◆新卒として採用される社員の需要が減っている。
◆それよりもパートタイムや、中途採用が増えている。
そんなことをあげていました。
別の番組では、ゆとりを重視した現代の教育制度や、
友達のように接する親のしつけ方などが、
子供の独立の機会を奪っているという風に解説しているものもありました。
Neet本人に直接「就職しない理由は」と問いただすと、
やりたい職が見つからない、自分のやりたいことが定まらない、
どの職業にたいしても、一生続けていけるかと自問するとそう思えない。
などの回答が帰ってきました。
古くは、洋の東西を問わず、職はやってくるものでした。
食うための必然としてする活動のひとつです。
逆に言えば、食えれば額に汗する必要もなかったのです。
そんなに複雑ではない社会においては、人間の携わる活動の種類もそれほど多いものではなく、
年齢を重ねるにしたがって、社会に組み込まれるうちにおのずと各人の役割は決まり、
それが生業になっていったもののようです。
現実にたち返り、高度に進み逼塞しているこの国の資本主義社会を思います。
職業選択の自由は広がったとは言うけれど、
さてその仕事自体にどれほどの個人裁量権や、創造性があるのか。、
機械の一部品のごとく細分化された多くの仕事に
魅力を感じることができない。これは仕方のないことかもしれません。
また、今の日本企業の経済活動を見廻すとどうでしょうか。
資本主義構造の金庫番たるべく銀行そのもが経営破たんを起こし・・・
財閥系の名門M自動車は、欠陥車を量産し、それを無理やり隠し・・・
2大化粧品メーカーの片割れ、Kは粉飾決済をし、経済再建機構の厄介になり・・・
大規模土地活用のSグループのインサイダー取引まがいの所業や、
その野球でのライバルである流通業界の雄、Dの無様な凋落・・・
そんな中IT勝ち組?であるR天は臆面もなく利ざやを稼いでいます。
新卒者に希望を持って、会社勤めをせよというのも無理があります。
もう右を向いても左を見ても企業に道徳や、倫理などを求めるのは、叶わなくなっているようです。
そういった鬱屈とした流れが、今後社会を背負っていく若年層の就労意思に、ボディーブローのように、少しずつではあるが確実にダメージを与え続けてきたのです。
資本主義発展の幻想。そんなもののうそ臭さを、若年層はとうの昔に感じ取り、企業を見限ってきたのだといえましょう。
しかしどこかの企業に身をおかなければ、現代では職を得ることもままなりません。
こんな大きな矛盾が存在するところに、Neetが発生し、増加する要因があったのではないでしょうか。


